エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【435】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2025年1月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めて暮らしたい
自慢話をしようと思う。もちろん、そんなつもりはないのだが、そうとられるかもしれないから先に言っておく。
高校三年の時、私のファンクラブがあった。
と言っても私だけではなく、同級生の二人の女生徒と私。三人をアイドルグループに見立てたものだった。キャラ設定に沿ったニックネームもそれぞれにあった。
確かに仲はよかった。でも、三人組で何かを皆にやって見せるなんていうことはなかった。
何をきっかけにして、誰の発案で結成されたのか知らない。
会員証としてフェルトにロゴマークを刺繍した手作りのワッペンを発行していた。実費として、入会金を事務局がしっかり徴収していた。
クラスのほぼ全員がメンバーで(同調圧力を感じた人もいたのではなかろうか)、なぜか隣のクラスにも飛び火して何人かの会員がいた。
結成まもなく、放課後のグラウンドで三人を中心に会員全員で集合写真を撮影した。が、それ以外に何かの活動をしたという記憶はない。
もっとも、高校三年だったから運動会や文化祭以外にもクラスの行事があったし、学校以外でも集まって卒業アルバムの写真を撮りあったり、祇園祭などへ皆で繰り出したりもしていた。
我がクラスは皆仲がよく、チームワーク意識も強かった。三人は、たまたま選ばれた神輿(みこし)か、今で言う、ゆるキャラ(これが三人に共通のイメージ?)だったのかもしれない。
卒業後何年かは同窓会で皆と顔を合わせることはあったが、やがてそれもなくなり、今や還暦を過ぎた。二人の女生徒とも付き合いはない。
こんなふうにはしゃいでた日々を皆は憶えているのかな。
もし、憶えているのが私一人だったら、あの時間はなかったことになってしまうのだろうか。自分のファンクラブが高校時代にあったんだぜ、なんて、妄想だと言われたら恥ずかしすぎる。
でも、現にこの年末の大掃除で会員証のワッペンが押し入れの奥から出てきたのだから妄想ではない、はず。
何なら証拠(!)として集合写真だって探せばあるはずで……。
ところで、人気の俳優やお笑い芸人、アイドル歌手やファッションモデルが中学や高校で不登校だったとか、いじめられていたと公表しているのをメディアで見かけることがよくある。
そんな時、表舞台で今とても輝いているこの人が?と思ったりする。
私は学校で、社会で、そのようなことなく過ごしてきた。が、めぐりあわせが何か一つ違っていたら、まったく同じ私であっても、いずれの時期にか不登校やいじめを経験していたかもしれないと想像すると、私は運がよかったのだと思う。
そう思うと今の世の中、ここに記したような恵まれた過去は、逆に“カミングアウト”しづらかったりする。ともかく、これが私の十八歳だった。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)