エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【409】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【409】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2022年5月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

日本政府やメディア各社が相次いで、ウクライナの首都の呼称・表記をキエフからキーウに変更した。
ロシア語由来の地名をウクライナ語に沿ったものにしたわけだ。

あるテレビの報道番組はその旨を告げた直後のニュースで、やはりロシアの隣国であるジョージアの南オセチアについて、親ロシア派の代表がロシアへの編入をめざすとビデオ声明を出したことを伝えていた。
もちろん、ロシアによるウクライナ侵略の戦乱に乗じた動きだろう。
そう、このジョージアという国もかつてはグルジアと呼ばれていた。
ウクライナと同様、ジョージアもロシアとのあいだにこれまで「いろいろあり」、2008年の紛争をきっかけに各国に呼称の変更を要請、日本でも2015年に正式に法改正された。

ところで、グルジアが舞台の映画『やさしい嘘』が日本公開されたのは2004年のことだった。
観てよかった映画はすべてDVDも入手する、というわけではないが、この映画は是非にと当時購入した。
グルジアに住むエカという名のおばあちゃんとその娘マリーナ、そして孫娘アダという、育った時代背景も人生観も性格も異なる三世代の女性の物語だ。
この映画の監督(フランス人)は説明的な描写ではなく、物語を展開する中でグルジアの現在と歴史、厳しい現実、普遍的な家族の姿を見事に映し出している。

ある日、エカの留守中に一本の電話がかかってくる。フランスで暮らしている息子が仕事中に事故で死んだ、と。就労ビザを持たず建設現場で違法に働いていたことを三人は知らなかった。
エカに本当のことが伝えられない娘と孫娘は、息子のふりをしてエカ宛の手紙を書き続ける。
そのうち何か変だと感づき、自身の健康も不安のあるエカは大切な蔵書を売り払って旅費を工面し、死ぬまでにもう一度愛するひとり息子に会いたいと言い出す。
それぞれの思惑が交錯する中、三人はパリへ向かうのだが……。

何より映画を観れば、その国の人々の暮らしがよくわかる。また、ドキュメンタリーよりも、むしろ本作のような劇映画のほうが、よりよく表現できることもある。
だから、映画にあまり馴染みのない国がクレジットされていると、少ない機会を逃さずに出来るだけ観るようにしている。
いつの時代、どこかの国の権力者である誰かが、どんな大義を掲げようとも、エカおばあちゃんやマリーナ、アダ、テンギス、ルシコ、アレクシ、ニコの日常、生命を、戦争で奪っていい理由など絶対にありはしない。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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