エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【429】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【429】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2024年1月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

『裏アルバイトの本』が出版されたのは一九九五年だから、昨今世間を騒がせている闇バイトに関する本ではない。
本書の言う裏バイトとは、前書きなどを要約すると「高額、危険、怪しい、珍しい」など、「求人情報誌や新聞の募集広告に載っていない」バイトで、記者が実際に体験したというリポート十九編を収録している。
目次には、「カラダを張って稼ぐ」「ちょっとフーゾク」などの章題が並び、売れたのか、翌年に続編も出版された。
この本に掲載されるようなイケナイバイトなら私もいくつかやったことはあるが、さすがにそれはここでは書けない。が、前回に続き、お話できる範囲でバイトの記憶をもう少したどってみる。
松本伊代コンサートの警備のバイトは一九八三年。京都の円山公園音楽堂だった。主催者はピリピリしていた。五日前の三月二八日に沖縄で松田聖子殴打事件があったのだ。歌唱中に暴漢が舞台に上がり金具で彼女の頭部を数回殴った。
開演直前、警備の責任者が私たちバイトを集めて「もし暴漢が舞台に上がろうとしたら、おまえら、カラダを張って止めろよ、絶対に。いいな」と、皆の眼を見まわし気迫を込めて言った。
もちろん、内心「冗談じゃないよ~」と思いながら、バイトたちはダミ声で「ハイ」とも「ウッス」ともつかない返事をした。幸い、その日は何事もなかった。
当時、アイドルには親衛隊と自称するファンのグループが追っかけをしていた。暴走族風やヤンキー風のもいて、「伊ッ代、ちゃーん」と野太い声でうなっていた。
親衛隊は「暴漢なんか俺たちがボコボコにしてやる」と息巻いていて、「あてにしてるよ」と内心思いながらも、警備担当の私たちには、そんな血の気の多い親衛隊に対峙するのが難儀だった。
スーパークロスは、野球場に特設した人工のモトクロス・コースで行なうバイクのレース。救急担架要員だった。観客席より間近なグラウンドで迫力ある競技を給料をもらって観戦し、私の担当範囲は事故もなく、待機していただけで出番は一度もなかった。
仕事中に着ていたロゴマーク付きのレインウェア(泥汚れ防止)と、あまったロケ弁をいくつもいただいて帰った。
全国草野球大会のボールボーイもやった。野球に興味はないが、ファウル球を何回か拾うだけで日給がもらえた。
他にも地方議員選挙候補者の事務所スタッフ、国家公務員試験会場の試験官補助員など、経験したバイトについて思い出すままに記していたらきりがないのでここまで。
そう、忘年会シーズンに料亭の下足番をしたこともあった。脱ぎたての紳士靴を指でつまんだ時の生温かい湿気が、すごく気持ち悪かった。
コンビニバイト歴十八年の主人公を独特なユーモアで描き芥川賞を受賞した村田沙耶香の『コンビニ人間』はおすすめのザ・バイト小説。

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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