エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【418】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【418】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2023年2月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

2022年が過ぎ去ってしまった。

続編の案は立ち消えになったという情報は既に知ってはいたが、やはり現実になった。ほかでもない、映画「ビフォア三部作」のことだ。

リチャード・リンクレイター監督作品『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』『ビフォア・サンセット』『ビフォア・ミッドナイト』をあわせて、ファンにそう呼ばれている。

(以下、映画の内容に触れますのでご注意を)

「~サンライズ」の公開は1995年。

長距離列車内で出会った若い女性と男性。帰国途中のアメリカ人男性が空港のあるウィーンで降りる際、彼女を一晩限りのデートに誘う。

パリに向かっていたそのフランス人女性は途中下車し、街を散策しながら二人で夜を語り明かすという物語。

特に何事も起こらず、派手な展開があるわけではない。歩きながら、また路面電車に乗り、レストランで、レコード店で、ずっとしゃべっている二人の会話がおもしろい。

時間が経つにつれて二人の気持ちは接近していくのだが、それと同時に別れのときである夜明けも刻々と近づいているわけで、映画を観ている私たちにも二人の胸のうちが伝わってくる。

翌朝、駅に戻るが、離れ難い二人は女性が乗る列車の発車まぎわに、半年後の同じ日にこの場所で再会することを約束する(一年も待てない)。互いの連絡先を交換せずに(必ず来るから)。

もちろん、連続テレビドラマではないので、映画としてはこれでおしまい。二人のその後は観客の想像にゆだねられる。

ところが2004年、9年も経って、思ってもいなかった続編「~サンセット」が制作された。

あの日から9年後に女性の住むパリで二人が再会するという物語。つまり、ウィーンで再会する約束は果たされていなかったのだ。

続編も、街を移動しながら互いのその後や、あれこれをずっとしゃべっているだけなのだが、映画を観ている私も二人と同じ9年前の記憶を共有し、9

年間という時間を現実に経ているので、久しぶりに再会した二人の感動が自分のものであるように感じられる。

男性が帰国の飛行機に乗るまでの、二人に与えられた再会時間がほぼそのまま上映時間というリアルタイム進行の設定。またも、別れの時間が近づく二人の気持ちが苦しいほどにわかる。

再会の最後に女性の部屋に立ち寄って過ごす、わずかだがゆったりとした時間は、このうえなく甘美で切なく、絶妙なタイミングでの映画の幕切れがたまらない。

で、ご想像の通り、その9年後の2013年に制作された第三作「~ミッドナイト」は、さらに9年後の二人を描く。

それこそ、二人はどうなったのか、本作で何が描かれるのかは、観てのお楽しみということで、ここでは述べない。

そう、そのさらに九年後が2022年だったのだ。九年ごとの続編で二人に再会できるという私たちの悦びは途切れたけれど、このユニークな監督と、俳優のジュリー・デルピー、イーサン・ホークのことだから、きっと20年か30年後に、年老いた二人のおしゃべりをまた聞かせてくれそうな気がする。

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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