エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【427】|MK新聞連載記事

よみもの
エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【427】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2023年11月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

先頃、NHKのテレビドラマ『らんまん』が完結した。私は観ていないが、主人公のモデルである牧野富太郎の著書『学生版牧野日本植物図鑑』は今も持っている。四十五年以上前、中学生の時に買ったものだ。

理科の先生が授業中にこの本について、また牧野の業績について、それはもう、熱く語った。ただならぬものを感じた私はその日、帰宅するとすぐさま本屋に向かったことを憶えている。

先生には口癖があった。授業で一つの単元(学習内容のひとまとまり)が終わると、必ず付け加えて言った。

「教科書にはこう書いてあるけど、ほんまかどうかわかりませんよ」

生徒は、先生のモノマネをするとき、独特の抑揚でこのセリフを口にしたものだ。教科書に書かれていることを教える立場の人が、教えた直後に毎度そういうのだった。

小学校・中学校・高校・大学と、十数年にわたって、何十人もの先生から数えきれないほどの言葉を聴いてきたが、この歳になって私のなかに残っているのはこの先生のこの言葉だけだ。

もちろんそれ以外の先生の言葉だって、原型をとどめていないだけで、消化吸収されて血や肉となっているのだが、この言葉だけは彼の言葉そのものとして今もある。

この先生は、伝えたいただ一つのことを三年間くりかえし言い続けることで、生徒のなかにそれを刻み込んだのだ。

インターネットや生成AIが進歩し、巧妙な偽造情報が容易に瞬時に拡散される時代が到来したと言われるが、そもそもテレビや新聞はもちろんのこと、教科書に書いてあることだって、自分の目で観たわけじゃないんだから、「ほんま」じゃないことが混じっていることもある……ぐらいに思っておいたほうがいいというわけだ。

科学だけではない。社会や歴史もそう。後世の研究で修正される通説もあれば、偏見や作為による歪曲、捏造もある。

牧野富太郎は書物で知識を蓄えるだけでなく、自ら確かめるために……いや、植物が好きで、楽しくて、野山へ分け入った。そして、どの本にも載っていない新種を数多く発見したのだった。

ところで、新型コロナウイルスのワクチン開発に貢献したカタリン・カリコさんがノーベル賞を受賞した数日後、iPS細胞に関する研究で同賞をかつて受賞した山中伸弥さんとの二年前の対談番組が再放送された。

その中で若い研究者に向けて、自身の知見不足を不安に思うかもしれないが、不可能だと知らないからこそ挑戦し実現できることもあると、期待を寄せたカリコさん。

山中さんは、教科書や先生が言ったことを「時には」無視すべきだと笑顔で応じた。

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

この記事が気に入ったらSNSでシェアしよう!

関連記事

まだ知らない京都に出会う、
特別な旅行体験をラインナップ

MKタクシーでは様々な京都旅コンテンツを
ご用意しています。