エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【431】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【431】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2024年5月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めて暮らしたい

NHK大河ドラマ『光る君へ』を毎週楽しみにしている。
源氏物語の作者である紫式部の人生を描く連続テレビ番組だ。
大石静による脚本が見事。千年前のことゆえ不明な点が多いのを逆手にとり、虚実入り交じった素材を緻密なパズルのように組み上げている。
下調べ、勉強は大変だろうが一番楽しんでいるのは脚本家ご本人に違いない。やり過ぎ!と、うれしくなるほどの劇的な展開の連続である。
時代・風俗などの考証についても、押さえるべきところは押さえる一方で、令和のテレビドラマとしてわずらわしかったり、ドラマの主眼からはずれたりしているところはいさぎよく無視するというジャッジは妥当。
コミュニケーションやコメディの要素はむしろ積極的に現代的なセンスで演出している。
また、登場人物の性格などは大げさに戯画化してわかりやすく描きわけているが、逆に説明的なセリフや表現をあえて避けている重要な描写や場面もあり、観る者が想像や考察する余地も。
紫式部日記や紫式部集だけでなく、源氏物語はもちろん、他の歴史物語や日記などの文献からも背景や挿話、あるいはそれらを想起させるイメージを取り込んでいるところもおもしろい。
ところで、源氏物語の二次創作的な作品といえば、私は橋本治による小説『窯変(ようへん)源氏物語』(全十四巻、中公文庫)が最も印象に残っている。
その執筆余話であるエッセイ集『源氏供養』(上下二巻、中公文庫)も、源氏物語論として読み応えがあった。
『窯変源氏物語』は多少の加筆やアレンジはあるものの(著者の解釈や解説も本文に組み入れている)、概ね原典に忠実な現代語訳だと言ってよい。ただし、光源氏が語り手という設定。では、彼の死後は? それは読んでみてのお楽しみ(この語り手の交代もポイント)。
語り手を変える試みは、瀬戸内寂聴『女人源氏物語』、林真理子『六条御息所 源氏がたり』などがあるが、橋本源氏がそれと決定的に違うのは、最上級の地位と美と才を兼ね備えた「男」である主人公、本人の一人称語りだということ。
また、話し言葉ではなく書き言葉であること。光源氏が読者に語りかけるのではなく、光源氏の意識、その彷徨が書き記されたものだ。
まるで光源氏の目がカメラアイの主観映像に、彼の独白をかぶせた映画のようだとも言える。
『光る君へ』本編だけでなく、(NHKがお得意の)大河ドラマを力ずくで盛り上げようとする宣伝的関連番組の連発に刺激されて(笑)、私も紫式部日記や紫式部集、源氏物語、各種評論をつまみ食いで読み返しているところだ。
ただ、生きているあいだにあと何回、源氏物語を全編通して読むことができるかと思うと、今をその機会の一つにすべきなのかもしれない。

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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