エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【402】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【402】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2021年10月1日号の掲載記事です。

 

本だけ眺めてくらしたい

アバが約四十年ぶりに新曲を公開した。
すべて新曲からなるアルバムや、現役当時の容姿のメンバーを立体映像で再現したデジタル・アバターによるコンサートも予定しているという。
アバには苦い経験がある。出会いは中学二年のころだった。

 

四条河原町の高島屋にナショナルのショールームがあった。日曜は毎週、そこで何時間もひとりで過ごしていた。
テクニクスというブランドのオーディオ機器が豊富に展示されていて、立派なスピーカーが並んだ試聴室では、日に何度か「レコード・コンサート」と称して、LPレコードをまるごと一枚聴ける催しがあった。
そこでアバの『アライバル』(一九七七)を初めて聴いた。一発でファンになった。さかのぼってアバのレコードを買い揃え、輸入盤も探しまわって集めた。
『アバ・ザ・ムービー』(一九七八)という映画も公開時に劇場で観た。アバが出演するテレビ番組を録画するために、普及当初でまだ高価だったビデオデッキも買ってもらった。
もちろん、ファンクラブも入会した。英語版の会報に日本語訳を印刷した紙が挟まれていた。
一番嬉しかったのは、プロモーションで来日中のこと。ラジオのFM番組にゲスト出演するという予告を聞き、往復ハガキを送った。「サインして返送してください」と。すると、なんと、カレンダーにサインしたものが送られてきたのだ。

 

一九八〇年の来日公演は行けなかった。理由は憶えていない。ただ、そのころにはもう、他にもいろんな音楽を聴くようになっていた。
そして高校から大学に上がるころには、アバを聴いていたことを恥ずかしいと思うようになった。もともと、ロック好きのあいだはでそういう風潮があったのだ。
その後、部屋を大片づけしているときにアバ関連の物はほとんど捨ててしまった。
ファンクラブの会報も、アバの直筆サインも!
惜しいことをしたと、今になって思う。

 

こうして歳をとると、少年のころに聴いていた音楽を懐かしいと感じるし、自分をゆるせるというのか、なんで恥ずかしいなんて思ったのだろうと不思議に思う。
また社会的にも、その後アバは、純粋に音楽を愉しんで聴く人々や、同業者である多くのミュージシャンに再評価されるようになり、広く尊敬され、今日に至っている。
二組の夫婦によるメンバーがともに離婚し、解散し、再結成を長年にわたって熱望されても、一人アグネタが頑なに拒んでいるように見えた。忙殺された芸能活動や私生活など、よほどこたえたことがあったのだろう。
新曲のできばえや、活動再開の成否はどうでもよい。四十年という時間が、アグネタの気持ちを和らげることができたのなら、これでよかった、と私は個人的に思う。
ともかく、「大片づけ」は危険だ。

 

人はあることで進歩すると、以前の自分が恥ずかしくなる。そういう類の物事がある。それはアバや音楽に限らない。本でもファッションでも、趣味でも。「それはもう、卒業した」という気でいる。社会的風潮にも左右される。熱中していたことを他人に知られたくないとさえ思う。
そんなとき、たまたま大片づけをして、視界にそのような自らの過去が目に入ると、私たちはつい処分してしまうのだ。
逆に、押し入れや倉庫の奥の奥にまぎれ込んで、その存在を忘れていたり、そこまで大がかりに片づける機会がなかったりすれば、それらは生き残ることができる。
少し前の物事ならただの不用品だが、大片づけという危険を意図せずすり抜け続け、長い年月冬眠することで、それはやがて思いがけない宝物へと変容する。

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「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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