エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【423】|MK新聞連載記事

よみもの
エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【423】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2023年7月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

見本帖が好きなので、古本屋で安価なものを見つけたら購入している。
印刷書体の見本帖、柄や地文様の見本帖、色の見本帖など。
なかでも、現物が貼り付けてある生地・布の見本帖や、現物を綴じた紙の 見本帖などは、現物に触れながら名称を知ることができ、製法や特徴などの 解説を読んだりすることもできるので、手にしていて一番楽しい。
インターネットやスマートホン、電子書籍など、情報はますますデジタル
化し氾濫する現代にあっても、布地や用紙の見本帖は、現物でなければ意味のないものとして存在している。
さらに、昔の古い見本帖には、職人の後継者がいなくなったり、高いコス トで競争力や需要が低下したりして、今では生産されなくなった織物や和紙が収録されていて、貴重なものもある。
私が所有している見本帖で最も多いのは紙の見本帖だが、これらのほとんどは一般書店で売っているものではない。製紙会社や紙の仲買業者が、出版社や編集プロダクション、装丁家に配布したり貸与したり販売したりしているものだ。
それらが何らかの事情で古書市場に流れる。流通量がそれほど多いわけではないのに、安価な掘り出し物を見つけた時にしか買わない私がたくさん 持っているぐらいだから、紙の見本帖の古書価格の相場というのは比較的低いのだろう。
伝統的な手漉き和紙を集成した立派で文化的価値のある美術書の類は非常に高価だが、それとは異なり、出版・印刷業界の工業的な原材料としての用紙は、機械漉きの大量生産品だから見向きもされないのか。
単純に紙なら何でも大好きな私にとっては好都合。穴場と言える。
ところで、書物の形式ではないけれど、岩石や鉱物の標本も好きで、小学生のころ、格子状に細かく区切られた木箱にまるで高級チョコレートのよう に整然と収められた標本一〇〇種セット(子どもには高価なものだった)を 大丸百貨店で買ってもらったときの喜びは鮮明に憶えているし、およそ半世紀を経た今も大切に持っている。
見本帖に標本箱。
どちらも、扉を開けるとそこに小宇宙が現われ、そうでないときには、小宇宙が閉じ込められてそこにある。

服地の見本帖

服地の見本帖

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

この記事が気に入ったらSNSでシェアしよう!

関連記事

まだ知らない京都に出会う、
特別な旅行体験をラインナップ

MKタクシーでは様々な京都旅コンテンツを
ご用意しています。