エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【419】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【419】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2023年3月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

近所のスーパーマーケット。
入口そばに露店が出ることがある。
婦人服や雑貨など。
そこに月に一度、古本屋が出店する。
単行本、新書・文庫、大型本など、ほぼすべて税込百円だ。

ある日、近年出版された純文学、しかも有名な文学賞を受賞した作家の真新しい本が二十冊ほどまとまって並んでいたので、一冊手に取った。

本はまったく痛んでいない。
おそらく新品だろう。
表紙をめくって驚いた。
著者の直筆署名がなされていた。

他の本も見てみた。
どれにも作家の自筆サインが。
落款や、ひとこと添えたものもある。

もちろん、偽物の可能性はある。
ネットオークションには数多くの偽造「著者サイン本」が出品されているだろうことは容易に想像できるし、まともな古書店にだって出まわっていると思っておいたほうがよい。

著者署名本について極論すれば、自分の目の前で本人に署名してもらったのでなければ確証はない、と言えなくもない。

ただ、理屈の上ではそうだが、現実には、筆跡だけでなく、いくつかの観点や状況、来歴などの総合的判断から、偽物だと断じる理由は特にないという場合は多い。

ともかく、その日、私は九冊購入した。

読もうと思ったものを買っただけで、署名本だから手に入れたというわけではないが、署名は本物だろうと思う。

著者は、朝井リョウ、川上未映子、柴崎友香、滝口悠生、西加奈子、平野啓一郎、本谷有希子、吉田修一、綿矢りさ。

どういう経緯で、こんなことがあるのかと想像する。
というより、逆に、なんとなく想像できるので、本物ではないかと思ったのであるが。

例えば、販促用に出版社の要請で著者が五十、百冊と署名したとする。

私が買った本のなかには複数の出版社が混ざっていた。
だから、出版社から直接ではなく、出版各社から取次会社に配布された署名本が古本市場に横流しされたのか。

あるいは、大手書店のサイン会で余分にサインしてもらったものが在庫として一定期間が過ぎ、新刊サイン本としては店頭に出しにくくなったものが溜まって、書店がまとめて処分した、とか。

可能性が大きいのは単純に、出版社から文芸書の新刊が署名本で献本される有力な批評家や関係者が、出入りの古書店に売却しているケース。

文芸出版の業界裏事情に詳しくないので、これらの想像はまったくの見当違いかもしれないが。

いずれにせよ、著者の署名という「書き込み」があるせいで、新品なのに古本として扱われているわけだ。
皮肉にも。しかも、百円で売り飛ばされるだなんて

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
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40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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