故 中村哲さんの 生々しい現場報告の集大成|MK新聞2023年掲載記事

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故 中村哲さんの 生々しい現場報告の集大成|MK新聞2023年掲載記事

MKタクシーの車内広報誌であるMK新聞では、フリージャーナリストの加藤勝美氏及びペシャワール会より寄稿いただいた中村哲さんの記事を、2000年以来これまで30回以上にわたって掲載してきました。

MK新聞2023年8月1日号掲載分です。

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故 中村哲さんの 生々しい現場報告の集大成

『中村哲 思索と行動』「ペシャワール会報」現地活動報告集成[上]1983~2001 ペシャワール会発行 忘羊社刊

今年6月に刊行されたこの本は、1983年から2001年まで、中村さんが会報のためにそのつど執筆した現地報告集。以前、石風社から刊行された1万円の『合本』にも載っていない、ほとんどの会員にとって初めて目にする「準備号」(1983・3)の記事が1ページだけながら、ある。
「私はJOCSなどの活動については良心の免罪符か、外国人のおせっかいくらいにしか思っていませんでした。しかし、かの地の実情は、観念的な批評をはるかに超えて圧倒的なものがあり、以来私は何をすべきかを自問し続けてきました」とあり、パキスタン、アフガニスタンでの活動の初心・原点であることを感じさせる。
この号の表紙の写真もあり、ペシャワールのスラム地区の人たちが写っている。
JOCS(日本キリスト教海外医療協力会)を多少皮肉っている文でもあり、そのためこれまで公開されなかったのだろう。

今回刊行された上巻はⅠ部からⅤ部に分かれ、Ⅱ部以降には現地で活動していたボランティアの名簿もフルネームで記載されている。
当時は一般的につかわれていた「ボランティア」という言葉を用いているが、中村さんの考え方で口当たりのいい表現ではなく、ある時期から「ワーカー」、つまり働く者という表現になった。
便利なのは、各部の冒頭に各年ごとの時代の動きや現地の活動が記録されているので、各記事を読んでいくうえで大変参考になる。

<「アフガニスタン」に関わったすべての者―武器を与えて戦争をあおった者はもちろん、自覚なきアフガン人たち、人道的支援で喝采を受けた外国人、アフガニスタンを語ったジャーナリスト・評論家―死者を踏み台にして生きた者は、等しく、この「死者のまなざし」に戦慄すべきである。私自身は既に部外者ではありえなかった。私もまた、死者のまなざしに脅える者の一人である。少なくと目前で展開されたこれらの事実を、軽々と器用に総括することができなかった>(228ページ)。

96年春、60歳過ぎの村の長老がハンセン病で足底潰瘍を長年患い、しかも二次感染で壊死組織に腐敗菌がはびこり、悪臭を放っていた。
普通は救命をかねて下腿の切断をし、義足で歩けるようになればそちらが楽である。
中村さんはそれを勧めたが、村のジルガ(長老会)がそれを拒否、「足を切断するのはもってのほか、足の甲から前半部なら良い」と、切断部位まで指定してきた。
患者の出身地コーヒスタンは大山岳地帯で多数のハンセン病患者がいる。
伝統的自治体制で閉鎖社会。長老会の意見は尊重しなければならない。
この治療の成否は、うわさによってこれからのフィールド計画に決定的な影響を及ぼす。
専門書はこうした手術は成功率が低く、ほとんど行われないと記す。「さて、皆さんが医師だとすれば、どういう判断を下されるでしょうか。ちなみにその後の日本である整形外科医に話すと、『説明を尽くしたうえで本人が受け入れないなら、仕方ない。患者個人の責任だ』と言われました。これが日本での一般常識でしょう。でも、当地では『責任を取る本人』という個人は存在しません。伝統的共同体の一部を担う人格が重きをなしても、私たちが想像する個人というものがないのです。もっと積極的な意見は『そのような〝誤った因習〟が正しい進歩を妨げているのだから、家族や村人を説き伏せるべきだ』と言います。しかし、それは文化を含めて地域社会のあり方をまるごと否定することと同じです。…この点で、私は孤独でありました。正当な方法論も時位には無視して、要するに治ればよい。治らなければ、良い社会生活ができるように配慮すればよい。良い社会生活ができなければ、僅かでも慰めを得ればよい。これが臨床医の方針です」。
そこで30年まえにでた医学書をとりだし、要求通り足前部分だけの切断をした。
がんが再発するころには寿命がきているだろうと判断していた。

ペシャワール会がスタートした初期のもの。ハンセン病患者のサンダルについての要望。手の機能障がいがあるのでパキスタンでは入手できないマジックテープの寸法と金具を図入りで説明している

ペシャワール会がスタートした初期のもの。ハンセン病患者のサンダルについての要望。手の機能障がいがあるのでパキスタンでは入手できないマジックテープの寸法と金具を図入りで説明している

 

当時の彼の〝孤独〟をどれほどの人間がりかいできた(る)だろうか。

「編集後記」はペシャワール会副会長の城尾邦隆さん。読みながらフーンと思った。「医学生時代に中村から自治会役員を引き継いだ後、彼は突然視野から消えました。学業を中断して町工場で働き、「自由・平等・相互扶助そして人間回復」の大義を見失った学生運動と決別しています。中村が学生時代に学んだ九州大学教授、滝沢克己が師事した神学者カール・バルトが説く「神と人の厳然たる秩序と一体性、万人に通ずる恩寵の普遍性」を、良心や徳と呼ばれるものでさえ、「その人の輝きではなく、もっと大きな、人間が共通に属する神聖な輝きである」と感得したとき、傾倒する田中正造、内村鑑三の思想と幼いときから馴染んできた「論語」などの道徳観が結びつき、揺るがない哲学となったと思われます」。

ところで筆者加藤が2001年にスタディツアーでペシャワールを訪れた時、中村さんに「先生はどういうときに原稿を書かれるのですか」と尋ねると、「起こったことがホットなうちに書きます。そうするとそのまま本の原稿になります」と言う返事だった。
という意味で中身は現地の「ホット」な状況に支えられたいわば身を切るようなものといえよう。
その死後、便乗なものを含めて〝中村本〟が何冊も出たが、その中で最も迫力に満ちた、読む者を飽きさせることない作品ということができる。
同じ内容はこれまで石風社を中心に刊行された何冊もの本と中身は同じだが、この本では次々に展開される〝中村節〟に圧倒される。アフガニスタンに関心を持つ人たちの〝座右の書〟となるのは間違いない。
この本の企画者の英断に敬意を表したい。

(2023年7月5日記。文責・加藤勝美)

 

『中村哲 思索と行動』

「ペシャワール会報」現地活動報告集成[上]1983~2001

発売 忘羊社
〒810-0022
福岡市中央区薬院4-8-28
☎092・406・2036 FAX092・406・2373
定価税込2970円

 

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フリージャーナリスト・加藤勝美氏について

ペシャワール会北摂大阪。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。

MK新聞への連載記事

1985年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1985年11月7日号~1995年9月10日号 「関西おんな智人抄」(204回連載)
1985年10月10日号~1999年1月1日号 「関西の個性」(39回連載)
1997年1月16日号~3月16日号 「ピョンヤン紀行」(5回連載)
1999年3月1日号~2012年12月1日 「風の行方」(81回連載)
2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)

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