水資源と灌漑事業の今とこれから 中村哲『アフガン・緑の大地計画』に見る|MK新聞2017年掲載記事

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水資源と灌漑事業の今とこれから 中村哲『アフガン・緑の大地計画』に見る|MK新聞2017年掲載記事

MKタクシーの車内広報誌であるMK新聞では、フリージャーナリストの加藤勝美氏及びペシャワール会より寄稿いただいた中村哲さんの記事を、2000年以来これまで30回以上にわたって掲載してきました。

MK新聞2017年12月1日号の掲載記事です。

 

 

水資源と灌漑事業の今とこれから ペシャワール会・中村哲『アフガン・緑の大地計画』とJICA・永田謙二論文に見る

アフガン・緑の大地計画(表紙)
アフガン・緑の大地計画(表紙)

60数万人の農民の生活を保障

今年2017年の6月、中村哲さんの新著が出版された(石風社)。
これは現地アフガニスタンで営々と続けられている灌漑による沙漠の緑地化工事にあたる現地の人材育成のために作られた「作業の手引き」なのだが、豊富なカラー写真によって工事の成果も実感できる。
「灌漑事業に寄せられた募金は30億円に迫り、東部アフガンの一角、ジャララバード北部穀倉地帯の復活を目前にしょうとしている。その領域は、1万6,500ヘクタール、60数万人の農民の生活を保障するもの」となっており(2ページ)、日本の募金者は延べ30万人になる。
2002年から始まった「緑の大地、15ヵ年計画」だったが、その実施の過程で技術と物量の壁に突き当たり、日本とアフガンの伝統的な工法をもとに、手探りで独自の方法を発展させてきたその集大成が、本書だと中村哲さんは言う。
そもそも現地には等高線地図など無く、GPSなどは役に立たず、電力を十分に使える地域は皆無、先祖たちがたどった自然に対する態度と洞察に学んだ。

世界的な温暖化の影響でヒンズークシ山脈の夏の雪線上昇は隣接するカラコルム・ヒマラヤ山脈でも見られ、急な気温上昇で雪が一挙に流れ下り、河川で洪水を起こし、逆に気温が下がり始める秋に高山で氷結が始まり、河川の水位が急速に低下する。
雨が降れば激しい集中豪雨が局地的に大被害を起こし、降らない地域は乾燥する。

緑地活動前(写真上・2003年)と後(写真下・2012年)のスランプール地域緑地活動前(写真上・2003年)と後(写真下・2012年)のスランプール地域
緑地活動前(写真上・2003年)と後(写真下・2012年)のスランプール地域

現在、PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団・日本)が積極的に取り組んでいるのが「大河川からの取水」で、用水路や水門が立派でも取水できなければ「血液が流れない血管」となる。
しかし、取水しやすい場所が同時に洪水に襲われやすい場所でもあることは体験が教えている。欲望と安全は両立しない。「洪水を防ぎながら欲しいだけ水を取る」のは虫が良すぎる(34ページ)と中村哲さん。

この難問を見事に解決して自然と折り合いをつけたのが、近世の日本が確立した取水技術「斜め堰」で、日本で次々とコンクリートと直角堰に替えられる中、九州で一つだけ、筑後川流域(福岡県朝倉市)に残っていて、寛政2年(1790)に今の形で完成し、今も現役である。
2011年、試行錯誤を経て、一連の取水システムが「JICA=PMS共同事業」としてマルワリード用水路建設で最初に実現した。
アフガニスタンの東部地区最大の穀倉地帯が夏の洪水と冬の渇水で打撃を受け、人口の半ばが難民化していたが、この方式で耕地がよみがえり、この5年間でほとんど帰農したという。
自然の力を近代的な機械力で抑え込むのではなく、「観察を続けて改修を重ねるうちに年々強くなり、周囲の自然条件に馴染んでいく」(98ページ)。この馴染んでいくという表現に中村哲学の真骨頂がある。

JICAによるPMSの活動の評価

この本には永田論文「アフガニスタンにおける水資源・灌漑事業政策」も収められている。
以下、永田さんへの手紙の形でその論旨を追ってみたい。

拝啓 この10月に論文拝読いたしました。一読、いい意味で、へぇー、と思いました。
はじめてお会いしたのは今年の4月21日、灌漑事業の現地アフガニスタンから3人の方が来日し、中村さんが実地に学んだ筑後川の山田堰の見学に来た折のことでした。
この見学会がJICAの主催であることをこの時初めて知りました。会の冒頭、出席していたJICAの方々の自己紹介があり、永田さんは水資源管理が専門で、2011年から14年までアフガニスタンの水・エネルギー省に勤務し、データ管理アドヴァイザーであったそうですね。そして、帰国後、アフガニスタンの水資源政策の研究のため大学生として3年間水資源政策を学ばれた。

筑後川の山田
筑後川の山田堰

この日、出席したJICAの方々数人がそれぞれ挨拶されましたが、皆さんがPMSに並々ならぬ関心を持たれていることに驚きました。中村さんが初めは友人たちの支援を受けて、いわば独立独歩でパキスタンとアフガニスタンで医療活動と灌漑事業を続けてきたPMSと、国の機関であるJICAとうまくそりが合うだろうかと思っていたのですが、今度永田さんの論文を読んで、その懸念が薄らぎました。実際、ペシャワール会の会員にも「会が新たな事業展開の時期に来た」と考えている人もいます。
あの9・11以後、アメリカ軍の空爆で国土を破壊されたアフガニスタン復興のため2001年末のボン会議以来、(そういう会議があったのだといまさらながら思い出しますが)昨2016年まで15年間を経て、「8割以上を占める地域社会の人々の暮らしが十分に改善されたとはいえず、開発支援が成功しているとは言い難い」(169ページ)と永田さんは言い切っておられます。

そして、政府・援助機関が主導する灌漑事業とPMSの事業との比較を行っておりますが、政府・援助機関は計画の立案にあたって各地域の要請に基づいて中央政府が優先順位をつけて計画を決定し、強固に計画・設計されるためいったん設計された構造はほとんど変更されないこと、技術者・熟練工は外部の人材で、単純労働者のみ地元から雇用する、そして地域住民による施設の維持管理は困難で、政府の関与と多くの費用を伴うことなどを指摘しています。治安維持は軍・専門会社が担う。
いっぽう、PMSは現場点検によるモニタリングに基づき、修正設計と改良工事を繰り返し、技術者はPMSに属し、熟練工と単純労働者は地元住民を雇用・教育する。施設の維持管理はほとんど地域住民が当たり、治安維持は住民自身が当たる。そして事業にあたる住民の能力開発を不可欠の要素として組み込まれているのに反し、政府・援助機関ではそのことは意識されていない。

永田さんが参考文献に挙げている『アフガニスタン―再建と復興への挑戦―』(日本経済評論社、2004)の遠藤義雄「復興への社会的・歴史的環境」やナギザデ・モハマド「アフガニスタンの復興と農業の役割」の論文を見ても、基本的に永田さんの分析を肯定する内容となっていると思いました。モハマドは欧米の社会科学理論が「根源的な習慣や文化としての人間の行動様式が異なっている」ことを見ていないと指摘しています。
これまで中村さんの視点でのみアフガニスタンを理解してきた我々ペシャワール会会員にとってもより広い視点で考えるきっかけを永田さんは作ってくれたと思っております。
現地での事業はエンドレスと言ってもいいものだと思いますが、JICAの皆さんのご尽力を心から願っております。
敬具

(2017年11月10日記)

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フリージャーナリスト・加藤勝美氏について

ペシャワール会北摂大阪。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。

MK新聞への連載記事

1985年以来、35年間にわたってMK新聞に各種記事を連載中です。

1985年11月7日号~1995年9月10日号 「関西おんな智人抄(204回連載)
1985年10月10日号~1999年1月1日号 「関西の個性」(39回連載)
1997年1月16日号~3月16日号 「ピョンヤン紀行」(5回連載)
1999年3月1日号~2012年12月1日 「風の行方」(81回連載)
2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)

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