アフガニスタンに必要なのは土地・水・食糧だ|MK新聞2009年掲載記事

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アフガニスタンに必要なのは土地・水・食糧だ|MK新聞2009年掲載記事

MKタクシーの車内広報誌であるMK新聞では、フリージャーナリストの加藤勝美氏及びペシャワール会より寄稿いただいた中村哲さんの記事を、2000年以来これまで30回以上にわたって掲載してきました。

MK新聞2009年12月1日号の掲載記事の再録です。
原則として、掲載時点の情報です。

 

 

アフガニスタンに必要なのは土地・水・食糧だ ペシャワール会事務局長・福元満治さん講演会から

「皆が行くところには誰かが行く。我々は誰も行かない所に行く」。
去る2009年10月18日大阪で開かれた講演会でペシャワール会事務局長の福元満治(ふくもと みつじ)氏は、130人余りの聴衆を前にペシャワール会のモットーをこう語った。
それは、なぜ都市部ではなく、2,000~4,000m級の山々が連なる山岳地帯での活動なのかの疑問が解けるものでした。

福元満治さん
福元満治さん

ペシャワール会は1983年、中村哲医師のパキスタン・アフガニスタンにおける医療活動を支援する目的で結成されました。
翌1984年中村哲医師はペシャワール・ミッション病院に着任。
その後の会の活動は、アフガン人による医療チームの結成などを経て、1990年から次々と診療所を、1998年には恒久的な基地病院を建設、2001年の9.11後はアメリカによる空爆の中、食糧の配布、旱魃対策としての井戸掘りやカレーズ(地下水路)の修復、2003年からはついに国家的事業とも言える用水路の建設に着手しました。

スランプールH2工事前(上)と工事後(下)スランプールH2工事前(上)と工事後(下)
スランプールH2工事前(上)と工事後(下)

アフガニスタンの国土は日本の約1.7倍、その内8割は山岳地帯、気温は、冬は平地でも3~5度、夏は45度を超え50度近くになります。
そんな自然環境ですが、国民の8割は農民で、かつては穀物の自給率93%を誇り、野菜や果物も豊富な豊かな農業国でした。
しかし、1978年からのクーデター、1979年の旧ソ連の侵攻以来内戦を含む30年に及ぶ戦乱、加えて、2000年夏から続くユーラシア大陸内陸部の大旱魃により飢えに苦しむ国へと変貌したのです。

このような事態に対処するため、ペシャワール会では、従来から進めてきたカレーズの修復と灌漑用井戸の掘削に加え、前述のように2003年から潅漑用水路の建設に着手し、今年24.3kmの潅漑用水路を開通させました。
この用水路建設において選択した工法は、将来のメンテナンスも考慮し、現代風のコンクリートによる土木技術ではなく、江戸時代に日本で行われていた工法でした。
現地で賄える石や針金を利用する蛇籠作りや、手掘りの人海戦術で行う用水路の建設は、荒れた土地で農業も出来ず、難民になるか軍閥に入るかアメリカ軍の傭兵になるしかなかったアフガンの人々に、1日600~700人、延べ60万人の雇用を生みだしてきました。
そして、開通した用水路は、荒地を緑豊かな農地に変えたのです。

資金を出す人、すなわち援助する人たちが気に入るプロジェクトではなく「今、現地は何を一番必要としているか」の視点に立った時、「必要なのは土地と水と食糧である。飢えと渇きは薬(医者)では治せない」と中村医師は語り、メスを持つ手を工事用重機の運転へと変えたのです。
用水路建設にかかった費用は15~16億円。
日本政府がアフガン復興のためにと拠出したお金はこれまでに2,000億円、アメリカが1年間に費やす戦費は2兆円、先ごろ日本政府が発表したアフガン支援策は5年間で4,500億円。思わず頭の中を数字が駆け巡りました。
「食べ物さえあれば心は荒まない。農村の安定は国家の安定に繋がる」これは、講演会の冒頭、2002年から6年間農業指導員として活動された高橋修さん(79歳)の言葉です。

キャナルと通水前の畑(上)と通水後の畑(下)キャナルと通水前の畑(上)と通水後の畑(下)
キャナルと通水前の畑(上)と通水後の畑(下)

ペシャワール会の根幹である医療活動は、用水路建設中も進んできました。
現在1つの病院と1つ(過去最大10ヵ所)の診療所があります。
ここを基点に車や馬を乗り継ぎ1週間程かけて行く山岳地に、移動診療所を定期的に開設しています。
病院に行きたくても遠くて行けない人、お金がなくてバス代も払えない人々のためのテント施設です。
半農半牧の山岳部では半日かけて200人くらい診察に来ます。その内4~5人くらいハンセン病の患者が見つかります。
ハンセン病にはまだ偏見があるので一般的な病気をチェックしながらの対応になります。
治療費は原則無料診療です。2000年くらいまでは全て無料でしたが、都市部において元気な患者が先に並び、貰った薬をバザールで売り払う人が出てきて、遠来の人が診て貰えないという状況になり、日本円にして10円か20円くらいの初診料を貰うようにしました。
もちろん本当に貧しい人々とかハンセン病の人等は無料です。この体制で2008年度の診療者は7万3,000人余りです。

農業事業は、昨年の伊藤和也さんの事件後日本人ワーカーは引き上げましたが、共に働いた農家の人達によって活動は継続されています。
今後は事実上水路事業と一体化することになっていくでしょう。
あの事件により、ペシャワール会のワーカーは志の高い青年たちであるかの印象がありますが、そうではありません。
フリーターもいれば学校を中退した者もいます。
高下駄を履くと転び易いように、志が高すぎると時に挫折を招きます。伊藤さんがそうであったように、志は低くてもいい、深くあればいいのです。
彼は非常に志の深い青年でした。

かつて9・11の後、一時的に現地を離れざるを得なかった時、「我々は必ず戻って事業を継続する」と言った中村哲医師に、村の長老はこう言いました。
「世界には二種類の人間がいるだけです。無欲に他人のことを思う人。そして己の利益のみを図る心が曇った人たちです。あなた方PMS(ペシャワール会医療サービス)がいずれの人間であるかはお分かりでしょう。私たちはあなた方日本人と日本を決して忘れません」と。

発展途上国や戦乱にある国を文化的にも劣っているとみなし、圧制を受け入れているのは教育水準が低いから、民主主義の伝統がないから、男社会で女性の権利がないからなどと言って無理に改造する必要はありません。
我々は、彼らの持つ自然治癒力を甦らせるお手伝いをしているのです。活動を支えてくださる皆さんに感謝します。
このように一気に語る福元さんの表情は、中村哲医師と歩く道は楽ではなくとも充実感溢れるものであることを物語っていました。
先の高橋さんも言われました「支援者の励ましがあればこそ、様々な事を乗り越えることができました」と。
ペシャワール会の活動が不要になるような日がくることを願いつつ、叶わぬならせめて安全に継続されることを願うばかりです。

松井千代美(ペシャワール会大阪)

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MK新聞とは

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
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40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

www.mk-group.co.jp

フリージャーナリスト・加藤勝美氏について

ペシャワール会北摂大阪。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。

MK新聞への連載記事

1985年以来、35年間にわたってMK新聞に各種記事を連載中です。

1985年11月7日号~1995年9月10日号 「関西おんな智人抄(204回連載)
1985年10月10日号~1999年1月1日号 「関西の個性」(39回連載)
1997年1月16日号~3月16日号 「ピョンヤン紀行」(5回連載)
1999年3月1日号~2012年12月1日 「風の行方」(81回連載)
2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)

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