「十一面観音」の魅力と国宝指定された仏像全8件を紹介

観光 よみもの
「十一面観音」の魅力と国宝指定された仏像全8件を紹介

観音菩薩には、いろんな種類の仏様がいらっしゃます。中でも人気が高いのが十一面観音です。では、「十一面観音はどんな仏様ですか」と人に聞かれたとき、どんな説明ができますか?
「頭の上に10の顔がついている。」と答えられた方はかなり細かく仏様を見ている方ですね。「数ある観音さまが取るお姿の一つである。」とか、「長谷寺など様々な有名なお寺にお祀りされている。」という答えができる方は、様々なお寺をお参りされたことがある方でしょう。
しかしどうでしょう?「顔の数はどうして10なの?」とか「他の観音さまと比べてどうして多く見かけるの?」と聞かれるとなかなか…答えに窮するのではないでしょうか。

筆者自身、本記事に取り掛かるまでは「10の顔を持つ観音さま」程度の認識だったのですが、調べていくうちに様々なことがわかってきました。
本記事では、11の顔を持ち、慈悲の力で衆生を救う観音さま、「十一面観音」について取り上げていきます。
記事内では十一面観音のルーツ、信仰と共に、関西地方に散らばる「国宝」に指定された十一面観音を祀るお寺についても取り上げていきますので、ぜひ最後までお読みくださいね。

 

十一面観音立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/882-0?locale=ja

十一面観音立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/882-0?locale=ja

 

十一面観音とは

インドで生まれ、中国で発展した十一面観音

7世紀のインドで誕生した初期密教

十一面観音の姿が最初に見られるのは、密教が生まれたのとほぼ同時期である7世紀頃のインドでのことです。
このころの密教は「初期密教」などと呼ばれるもので、最澄や空海によって日本に伝えられたもののような体系化は未だされていませんでした。

初期密教の特徴は呪術的な要素が強いことです。ヒンドゥー教の祭祀で見られる「マントラ」と呼ばれる呪文に影響を受け、様々な仏の真言や陀羅尼を唱えることで現世利益を得られるとする信仰だったと考えられています。

八臂十一面観音菩薩立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システムhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TC-360?locale=ja

八臂十一面観音菩薩立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システムhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TC-360?locale=ja

初期密教の中では、様々な仏さまに真言が付与されたほか、仏さまたちの姿もヒンドゥー教の神々のような多くの顔や多くの腕を持った姿で理解・解釈されていったと考えられています。頭上に多くの顔を持つ十一面観音の姿はこうした風潮の中で生み出されたものと考えられています。

他の説としてはこちらも11の顔を持つヒンドゥー教の神、「ルドラ」が仏教に取り込まれた姿である。という説も見られます。
ルドラはモンスーンを神格化した神とされ、風水害をもたらす半面、人々に恵みをもたらし、医薬を司るともされました。
日本においても十一面観音は「水を司る存在」として信仰されるケースがみられますが、その原点に「モンスーンの神」があるという考えは興味深いものです。

胎蔵界曼荼羅  出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/889-1?locale=ja

胎蔵界曼荼羅  出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/889-1?locale=ja

 

インドでは広まらなかった十一面観音

ヒンドゥー教の影響を受けた初期密教は、そのヒンドゥー教が大衆に受け入れられていることに対抗するなかで、徐々に教義を体系化させていきました。
この時期の密教を「中期密教」といい、具体的には諸尊・諸仏の上位に毘盧遮那仏(大日如来)がいる世界観が完成しました。
「曼荼羅(まんだら)」の原型が出来上がっていったのもこの時期です。

八臂十一面観音菩薩立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TC-271?locale=ja

八臂十一面観音菩薩立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TC-271?locale=ja

一方で、体系化した密教は大衆にはその構造が理解しにくいものとなってしまい、インドではヒンドゥー教と比べてあまり広がりませんでした。
十一面観音は、インドではムンバイ近郊の「カンヘーリ石窟」に彫られた一体が見つかっているのみです。あまりに作例が少なく、この十一面観音がどのように、どういった経緯で中国へと伝わったのかは謎に包まれています。
他の変化観音についても同様です。日本では多く見られる千手観音ですが、インドでは一体の作例も見つかっていません。
三十三観音とも言われる多彩な変化観音の多くは中国で生まれ、あるいは現在の姿に整えられていったと考えられています。

十一面観音菩薩立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1880?locale=ja

十一面観音菩薩立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1880?locale=ja

 

中国へと伝わった観音信仰

その中国へは、インドからシルクロードを通じて仏教が伝わりましたが、伝わった時期は一様ではなく、様々な経典や考え方が時代を前後して様々なルートで伝わっていきました。

仏教そのものが中国に伝わったのは1世紀の後漢の時代とされています。その後経典が漢訳されて仏教思想そのものが理解されていくのは3~4世紀のことです。
観音信仰など大乗仏教が中国で広く受容されるのは西域出身の名僧「鳩摩羅什(くまらじゅう)」が観音経などを漢訳、長安で布教を行った5世紀初以降のことです。

十一面観音龕 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TC-719?locale=ja

十一面観音龕 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TC-719?locale=ja

鳩摩羅什と観音さまの関係は深く、それまでサンスクリット語で表されていた観音さまに「観世音」という漢訳名をつけたほか、「普門示現(ふもんじげん)」という観音さまの功徳を経典の中で説いています。

この「普門示現(ふもんじげん)」とは「ひろくあまねく、どこにもかしこにも自在に(観音さまが)現れる」という意味の言葉です。この言葉を元として「観音さまを一心に念ずると、どんなところにでも観音さまが現れて、苦しむ人を救ってくださる」という信仰が生まれていきます。

十一面観音像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-114?locale=ja

十一面観音像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-114?locale=ja

 

あらゆる衆生を救う十一面観音

この観音さまに対する信仰が中国での十一面観音の誕生の由来と考えられています。
ひろくあまねく自由自在に衆生を助ける=あらゆる方向を見ることができる=四方八方と天・地を見ることができる=十一(正面の顔+10)の顔を持っている
として観音さまがとる数多くの姿のひとつとして「十一面観音」が生まれたのではないかという説が見られます。

上記の説は数ある十一面観音の発祥説のひとつですが、「あらゆる方向を見て、救う」という観音さまの功徳を表す姿として、十一面の姿が採られたという考え方には個人的に納得はいきます。

十一面観音像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1176-0?locale=ja

十一面観音像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1176-0?locale=ja

十一の顔についてはそれぞれに役割があり、作例によって数や配置が細かくは異なりますが、頭上の天辺に悟りの表情をする「仏面」が1面、正面側に穏やかな顔で衆生に慈悲を与える「菩薩面」を3面、頭右側に邪悪な衆生を戒めて仏道へ向かわせる「忿怒面(ふんぬめん)」が3面、左側に行いの清らかな衆生を励ます「狗牙上出面(くげじょうしゅつめん)」が3面、そして頭の背後に悪への怒りが極まるあまり、大笑いで悪を滅する「暴悪大笑面(ぼうあくだいしょうめん)」1面があります。

十一面観音立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1277-0?locale=ja

「滅罪」印を持った十一面観音立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1277-0?locale=ja

十一面観音は南北朝時代以降の中国で広く信仰を獲得しましたが、日本でもそれを感じさせる8世紀唐時代製の十一面観音像をみることができます。
奈良国立博物館に伝わる石に浮彫りされた十一面観音像がそれで、すらりとした体格と薄い着衣が特徴の像は、全体的に大陸的な雰囲気を感じます。
この像は唐の女帝、則天武后の時代に作られたお寺のレリーフだったもので、頭上に十の顔を持ち、左手を下に垂らし、右手に「滅罪」と書かれた印を持っています。

この像で注目したいのが十一面観音像に珍しい「滅罪」の印を持っている点で、この像が設置されたお寺が則天武后の政権を仏教の面から称賛する目的で建てられたためという理由があったにせよ、この時代すでに十一面観音の信仰が「罪を滅ぼす」、現世利益的な性格を強めて信仰されていたことがわかります。

十一面観音菩薩像残欠 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1058?locale=ja

十一面観音菩薩像残欠 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1058?locale=ja

 

日本で花開いた十一面観音信仰

奈良時代から広まった十一面漢音への信仰

日本に十一面観音が伝わったのは飛鳥時代後期から奈良時代初期のことと考えられ、現在日本最古とされる“十一面”観音は奈良県斑鳩町「法隆寺」の壁画の中にみられる十一面観音です。
また、さらに時代を遡る例として7~8世紀の唐から伝来したと考えられる「九面菩薩像」が法隆寺に伝わっており、こちらは「十一面観音」のイメージが固まりきる前に日本に伝来したものかと思われます。

奈良時代に入るころには既に日本でも十一面観音への信仰が広がっていたと思われ、国宝指定を受けている奈良県桜井市「聖林寺」所蔵の像や、重要文化財指定を受けている奈良市「薬師寺」所蔵の像など、作例が多くなってきます。

十一面観音菩薩立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/E-14848?locale=ja

十一面観音菩薩立像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/E-14848?locale=ja

この時代の十一面観音への信仰を今に伝える行事としては、奈良市の「東大寺二月堂」に伝わる行事、「修二会(しゅにえ)」が有名です。
修二会は正式には「十一面悔過法要(じゅういちめんけかほうよう)」といい、二月堂本尊の十一面観音菩薩の前で人々の罪や過ちを懺悔することを意味しています。
修二会は天平勝宝4年(752年)から現在までの1,200年以上続けられてきた行です。修二会がはじまった奈良時代中期には、十一面観音が深い慈悲をもって衆生を助ける仏として厚く信仰されていたことがわかります。

この「十一面悔過」、十一面観音を礼拝し、罪や過ちを滅してもらうという考え方は、二月堂を作り法要を始めた奈良時代の僧侶「実忠(じっちゅう)」が山中修行時に天界へ至り、そこで天人から教えられたものと伝わっていますが、さきほど紹介した唐時代の十一面観音像とも現世利益、滅罪をする仏という面で関連性が感じられて興味深いです。

十一面観音懸仏 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システムhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/635-0?locale=ja

十一面観音懸仏 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システムhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/635-0?locale=ja

 

様々な功徳を持つ十一面観音

また上記の現世利益、滅罪のほかにも、十一面観音は数多くの功徳を持つ観音さまと考えられていました。
経典の中で、十一面観音は信仰すると10種の現世利益と4種の来世功徳を得られるとされており、以下がそれぞれのご利益と果報です。

10の現世利益(十種勝利)
  1. 離諸疾病(病気にかからない。)
  2. 一切如來攝受(すべての如来に受け入れられる。)
  3. 任運獲得金銀財寶諸穀麥等(金銀財宝や食べ物に不自由しない。)
  4. 一切怨敵不能沮壞(すべての敵から害を受けない。)
  5. 國王王子在於王宮先言慰問(国王や王子が王宮で慰労してくれる)
  6. 不被毒藥蠱毒。寒熱等病皆不著身(虫の毒や毒薬が通じない。悪寒発熱が身を害さない。)
  7. 一切刀杖所不能害(すべての凶器による害を受けない。)
  8. 水不能溺(溺死しない)
  9. 火不能燒(焼死しない)
  10. 不非命中夭(不慮の事故で死なない)
十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経 縮刷大蔵経刊行会 編「大日本校訂大蔵経」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経 縮刷大蔵経刊行会 編「大日本校訂大蔵経」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

4種の来世功徳(四種功徳)
  1. 臨命終時得見如來(臨終の際に如来と会える。)
  2. 不生於惡趣(死後に悪趣、つまり地獄や畜生道、餓鬼道などに生まれ変わらない。)
  3. 不非命終(早死にしない)
  4. 從此世界得生極樂國土(今生のあとに極楽浄土に生まれ変わる)

…すごいですね。
私のような修行の足らない凡夫にはいらぬ考えなのは百も承知ながら、もしこの14のご利益と功徳をすべて得ることができたなら…と考えずにはいられません。(得たとしてもきっと活かしきれないのでしょうが。)

個人的にはこれだけのご利益と功徳を持っていながら、ご利益の中に「臨終の際に如来と会える。」とあるなど、あくまで十一面観音さまは如来より下位の存在であり、人々を如来と橋渡しする存在である前提が保たれているところに面白さを感じます。

これら現世利益を含む幅広い益を得られる点が注目されたのか、奈良時代中期以降平安時代にかけて日本では一気に十一面観音の作例が増えていきます。
現在国宝指定されている十一面観音像にはこの時代の作例が多いですし、国宝指定は受けていなくてもこの時代の十一面観音像について数々の名品・美仏を様々なお寺や博物館などで見ることができます。

そうして一時隆盛を誇った十一面観音への信仰ですが、その後平安時代の前期からは千手観音菩薩の作例も多く見られるようになり、時代が下るにつれて観音像の中での作例数トップを千手観音に譲ることとなっていきます。

千手観音菩薩坐像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-306?locale=ja

千手観音菩薩坐像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-306?locale=ja

 

十一面観音から千手観音へ

千本の腕と千の手のひらに千の眼を持つ千手観音は、中国が発祥の尊格と考えられている観音さまです。平安時代以降に広まった日本密教の中で数ある観音さまの中のトップと位置づけられました。
また千の眼であらゆる衆生を見て、千の手であらゆる衆生を救うのが像のデザインからわかりやすかったのもあり、多くの人々の間に千手観音への信仰が急速に浸透していったと考えられています。

やがて千手観音の中には頭上に十一の頭を持ち、十一面観音と一体となった「十一面千手千眼観音」という作例も見られるようになっていきます。一方で十一面観音という尊格が完全に無くなることはなく、現在でも数多くのお寺で信仰を集めています。

千手観音二十八部衆像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/845-0?locale=ja

千手観音二十八部衆像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/845-0?locale=ja

 

湖北での信仰や長谷信仰、白山信仰

特に滋賀県の湖北地域や、長谷信仰、白山信仰のお寺や神社では、今でも十一面観音像が多く祀られている様子を見ることができます。
それぞれの理由を軽く説明しますと、湖北地域は奈良二月堂との関係性が深かったことから十一面観音への信仰が定着したといわれます。

長谷信仰のお寺では、十一面観音の中でも右手に錫杖、左手に水瓶を持ち、盤石の上に立つ少し変わった姿の「長谷寺式十一面観音」を祀ります。
数ある十一面観音菩薩の中でも、地上に降りて人々を今まさに救おうとしている姿とされる長谷寺の十一面観音の人気は圧倒的で、平安時代に多くの貴族の参詣があったほか、民衆からの人気も高く、奈良から全国各地へ長谷寺式の十一面観音は勧請されていきました。

十一面観音菩薩坐像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システムhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1052?locale=ja

十一面観音菩薩坐像 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システムhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-1052?locale=ja

最後の白山信仰と十一面観音の関係ですが、白山では山を開いた高僧、泰澄大師が幼いころから十一面観音を念じて修行に励んで白山を開山しています。そのことから白山の女神である菊理姫(ククリヒメ)は十一面観音を本地仏としており、白山をはじめとする白山権現を祀るお寺や神社では十一面観音をお祀りしている例が見られます。

十一面観音三尊懸仏 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1318-0?locale=ja

十一面観音三尊懸仏 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1318-0?locale=ja

西国三十三所巡礼でも9ヶ寺が十一面観音を札所本尊としているほか、毘沙門天や不動明王などを脇侍として三尊形式で十一面観音をお祀りするお寺も全国に分布しており、全国の十一面観音のお姿やお祀りのしかたを見比べると様々な違いを発見できて楽しめるのではないかと思います。

 

国宝の十一面観音

このように、今なお様々な形でお祀りされる姿を全国で見かけることができる十一面観音ですが、国宝指定を受けているものとなるとぐっと数は少なくなり、絵画では一帖のみが、仏像では八体が国宝指定を受けている、または国宝指定を受けることが決まっています。

ここからはそれら国宝指定を受けている十一面観音についてお話します。今年は12年に一度、八体の国宝十一面観音像が御開帳される年でもあるため、要注目です。

 

奈良国立博物館の「絹本著色十一面観音像」(奈良市)

唯一の十一面観音を描いた国宝仏画

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1176-0

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1176-0

最初にご紹介するのは、十一面観音を描いたものの中では唯一国宝指定を受けている『絹本著色十一面観音像(けんぽんちゃくしょく じゅういちめんかんのんぞう)』です。

平安時代に描かれた仏画で、玄奘三蔵が経典の中で説いた十一面観音の姿を忠実に再現して描かれています。
一方でその描き方は特異なもので、一般的に仏様が正面を向き、仏様の身体を一色で表現する仏画の中で、この絵の十一面観音さまはやや右方向を向いており、顔や身体にグラデーションをつけ、立体的に見えるように表現されているのが特徴です。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1176-0

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1176-0

この表現技法は平安時代後期の技法であることがわかっており、現在とは異なる描き方の仏画が、極めて良好な保存状態によって現存していることが評価を受けています。

現在この仏画は奈良国立博物館に所蔵されており、今年2024年の7月6日~28日の会期中は石川県立美術館で開催される「まるごと奈良博 -奈良国立博物館 至高の仏教美術コレクション-」に出展されます。

 

開館情報

開館時間9:00~17:00(土曜日は20:00まで)
休館日毎週月曜日(休日の場合はその翌日。連休の場合は終了後の翌日)
観覧料金700円(名品展 ・特別陳列・特集展示)
住所奈良市登大路町50番地
アクセス近鉄「近鉄奈良」よりすぐ15分

公式ホームページ:奈良国立博物館

 

大御堂観音寺の「十一面観音立像」(京都府京田辺市)

若々しいお顔が魅力

日本国宝全集 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

日本国宝全集 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

京都府には国宝指定を受けることが決まっている千本釈迦堂の「木造六観音像」中の十一面観音像を含めて四体の国宝十一面観音がいらっしゃいます。また全国で八体ある国宝の十一面観音像はその全てが近畿地方に集中しています。
まずは京都の南、京田辺市大御堂観音寺のご本尊仏の十一面観音像をご紹介します。

大御堂観音寺の由来には不明な部分が多く、ここで多くを記すことはできません。
観音寺は現在では大御堂のみが再建されている小さなお寺ですが、境内裏手の丘からは塔の礎石や瓦が発見されており、かつては広大な伽藍を有したお寺だったことがわかります。

大御堂観音寺 2017年5月21日 撮影:MKタクシー

大御堂観音寺 2017年5月21日 撮影:MKタクシー

本尊の十一面観音像は、観音寺が創建された当初から存在したと考えられている仏像で、「木芯乾漆像(もくしんかんしつぞう)」、つまり木で芯をつくり、そこに麻布と木屎漆(こくそうるし=漆に木くずを混ぜ合わせたパテのようなもの)を盛り付けて造像されています。
次に紹介する奈良県聖林寺の十一面観音像と姿が似ていることが特徴で、同様の工房で造像されたのではないかと考えられています。

大御堂観音寺 2022年4月2日 撮影:MKタクシー

大御堂観音寺 2022年4月2日 撮影:MKタクシー

観音寺の十一面観音像は穏やかな女性らしさ、静かな表情を備えていると評されることが多い観音さまで、おさげ髪を肩に垂らしたような表現と、若々しいお顔が特徴的です。
おさげ髪に見えるのは、菩薩にみられる垂髮と呼ばれる独特の髪型で、中々言葉で説明しづらい複雑な結い方をしていらっしゃいます。
この細かな造像方法は、やはり木芯乾漆像ならではといえるでしょう。

 

拝観情報

拝観時間9:00~17:00
拝観料400円
TEL0774-62-0668
住所京田辺市普賢寺下大門13
アクセス奈良交通「普賢寺」バス停よりすぐ

 

聖林寺の「十一面観音像」(奈良県桜井市)

聖林寺の十一面観音像 奈良県「御大礼記念写真帖」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

聖林寺の十一面観音像 奈良県「御大礼記念写真帖」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

 

三輪山麓の神宮寺の旧本尊

2体目に紹介する十一面観音像は、奈良盆地を見下ろす聖林寺にお祀りされている十一面観音像です。

この十一面観音についてはある程度の来歴が判明しており、760年代(奈良時代、天平宝字~神護景雲年代)に天武天皇の弟皇子の発願によって東大寺造仏所で造られたとする説が有力です。

明治時代までは三輪山の麓にある大神神社神宮寺の一つ、「大御輪寺(だいごりんじ)」の本尊として祀られており、その頃は四方を四天王に守られ、前立観音の他、左右に多くの仏像が並び立っていたほか、背面には唐草模様の光背を持っており、現在よりも華やかなイメージの観音さまだったことが伺えます。

聖林寺の十一面観音像 東京帝室博物館 編「日本美術集成」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

聖林寺の十一面観音像 東京帝室博物館 編「日本美術集成」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

 

フェノロサ、和辻哲郎、白洲正子を魅了

廃仏毀釈の中で三輪山麓から聖林寺に移された十一面観音像は、その後数々の人々を魅了、アーネスト・フェノロサが「この界隈にどれ程の素封家がいるか知らないが、この仏さま一体にとうてい及ぶものでない」。
和辻哲郎が「そこには神々しい威厳と、人間のものならぬ美しさとが現わされている」。
白洲正子が「世の中にこんな美しいものがあるのかと、私はただ茫然とみとれていた」。とそれぞれ評しています。

実際に、均整のとれたお身体と豊満な顔立ち、量感のある上半身と、そこから流れ落ちるような衣文の表現、微妙な表情のある指先など像の全体に見どころがあります。
男性性と女性性、しなやかさと力強さ、様々な表現が同居しているとされる美仏、ぜひご自身の目で見てみてください。

 

拝観情報

拝観時間9:00~16:30
拝観料600円
TEL0744-43-0005
住所桜井市下692
アクセス奈良交通「聖林寺」バス停よりすぐ

公式ホームページ:聖林寺(公式ホームページ)

 

室生寺「十一面観音像」(奈良県宇陀市)

室生寺 2022年12月26日 撮影:MKタクシー

室生寺 2022年12月26日 撮影:MKタクシー

「女人高野」の聖地

3体目に紹介する十一面観音像は、聖林寺からさらに奈良県の東部、三重県境にも近い室生寺にお祀りされています。

室生寺は一般に「女人高野」として知られており、境内にある五重塔の優美な姿と、境内に咲き誇るシャクナゲの美しさでも名高いお寺です。
お寺のある場所は古くからの信仰の場所であり、元々水神信仰があったとされているほか、お寺そのものも奈良時代末期には創建されていることがわかっています。

お寺には数多くの文化財が残されており、十一面観音像だけでなく金堂や本堂といった建築物や、釈迦如来立像、板絵著色伝帝釈天曼荼羅図などが国宝の指定を受けています。

室生寺 2008年4月29日 撮影:MKタクシー

室生寺 2008年4月29日 撮影:MKタクシー

 

相反する印象が同居

室生寺の十一面観音は白洲正子に「大地に根を張った力強さ」、そして「両眼をよせ気味に、一点を凝視する表情には、多分に呪術的な暗さがあり、まったく動きのない姿は窟屈な感じさえする」と評されています。

室生寺の十一面観音像は、観音寺、そして聖林寺の十一面観音からは時代の下った平安時代前期のもので、2つの観音像と比べて室生寺の像には動きが見られません。
体つきもどことなく引き締まった印象を感じさせ、上品で端正な顔立ち、そして華やかな装飾や光背を持ちながらも、全体的な雰囲気には厳格さが漂っています。

室生寺 2008年4月29日 撮影:MKタクシー

室生寺 2008年4月29日 撮影:MKタクシー

「動きのない姿」の理由はこの像がかつては他の仏像の脇侍であったことも原因と考えられますが、一方で全体的な雰囲気には厳めしさがあるのは事実です。
細かな部分を見れば、おちょぼ口やふっくらとした頬をお持ちの像で、お顔の部位や装飾のひとつひとつからは可愛らしさや愛らしさが感じられるにも関わらず、離れてみれば元の厳めしさがあります。
こうしたアンビバレンスな表現の同居を楽しめるのが、観音さまの像を見る際の醍醐味のひとつ、なのかもしれません。

 

拝観情報

拝観時間8:30~17:00(12~3月は9:00~16:00)
拝観料600円
TEL0745-93-2003
住所宇陀市室生78
アクセス奈良交通「室生寺前」バス停よりすぐ

公式ホームページ:女人高野 室生寺

 

法華寺「十一面観音像」(奈良県奈良市)

法華寺の十一面観音菩薩像 内藤藤一郎「仏像通解」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

法華寺(奈良県)の十一面観音菩薩像 内藤藤一郎「仏像通解」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

光明皇后ゆかりの総国分尼寺

室生寺から再び奈良盆地へ戻り、奈良市街の真ん中、平城宮跡のほぼ東隣に法華寺があります。

法華寺は正式名称を「法華滅罪寺(ほっけめつざいのてら)」といい、大仏が建立された奈良時代に、仏教による国家鎮護のために日本各地の国分尼寺を統括する「総国分尼寺(そうこくぶんにじ)」として創建されたお寺です。
お寺の境内地は元を辿ると奈良時代初期の公卿、藤原不比等の屋敷地であったとされ、その土地が娘の光明子(後の光明皇后)に譲られた後、皇后の夫聖武天皇の治世に官寺としての整備を受けたものと考えられています。

法華寺 2008年3月9日 撮影:MKタクシー

法華寺 2008年3月9日 撮影:MKタクシー

聖武天皇と光明皇后は篤く仏教に帰依していたことで知られ、特に皇后はお寺の境内で貧民に風呂を施していた逸話も残っています。

法華寺に伝わる十一面観音は蓮を象った珍しい光背が特徴的で、八体の国宝十一面観音像の中でも特に優美な雰囲気を感じさせる一体です。
カヤの一木をそのまま刻み、ほぼ彩色のない小さな像ではあるものの、衣文や手先足先の細かな表現など、全体の表現の充実には目を見張るものがあります。

法華寺 2008年3月9日 撮影:MKタクシー

法華寺 2008年3月9日 撮影:MKタクシー

その優美な姿から、一般に「光明皇后の姿を刻んだ」といわれますがこれはお寺に伝わる伝説で、像の来歴としては平安時代の初期に造像されたことがわかっています。

しかし、蓮の花を背負って優美な雰囲気で一歩を踏み出そうとするこの観音さまを見ていると、絶世の美女で仏教を篤く信仰、慈悲深かったとされる光明皇后の姿が重なるのも無理はないことだと感じさせます。

 

拝観情報

拝観時間9:00~16:30
拝観料700円(特別公開期間のぞく)
TEL0742-33-2261
住所奈良市法華寺町 882
アクセス近鉄「新大宮」より20分

公式ホームページ:法華寺公式ホームページ – 総国分尼寺 法華寺門跡

 

道明寺「十一面観音像」(大阪府藤井寺市)

道明寺 秋里籬島「河内名所図会」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

道明寺 秋里籬島「河内名所図会」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

正解遺産の古墳群に囲まれた古刹

奈良盆地から大和川沿いに県境を跨ぐと、大阪府唯一の国宝十一面観音像をお祀りするお寺、道明寺に到着します。
お寺の周辺は世界文化遺産に指定された「古市古墳群」のエリアで、駅からお寺まで向かう間にもいくつかの古墳を見かけることができます。

お寺は埴輪の作成や古墳の造営に関わり、その後は多彩な人材を排出した豪族「土師氏(はじし)」の氏寺として7世紀に創建されたと伝わっており、本尊仏の十一面観音像には土師氏の後裔である菅原道真が手づから刻んだという逸話も残っています。

道明寺は平安時代~鎌倉時代には七堂伽藍や五重塔を有する大寺院だったことがわかっていますが、その後戦国時代の兵火によって全山が焼亡すると、お寺は隣接する道明寺天満宮の境内に移り、明治時代の神仏分離まで天満宮と一体として信仰を受けています。

道明寺 2015年12月12日 撮影:MKタクシー

道明寺 2015年12月12日 撮影:MKタクシー

 

檀像彫刻の代表作

十一面観音像は道真が生きたのと同時期、平安時代初期のもので、法華寺十一面観音像と製作の時期が近いものと考えられています。
二体は造像方法に共通点がみられ、背丈は小さめで木材をそのまま活かす「檀像彫刻」として彫られています。

檀像彫刻は白檀(びゃくだん)などの香木を用いた彫刻で、仏像製作に用いた木材そのものの香りを損なわないように彩色や塗金を行わず、木地をそのまま活かしている像を指します。

檀像彫刻は特に十一面観音像で多く見られ、これは経典内に「白檀を用い、一尺三寸(40cm程度)の大きさに造る」という規定が見られることに由来しています。
とはいうものの、40cmほどの大きさではお寺で祀るには小さすぎ、日本では白檀が算出しないため、こうした規定は徐々に日本ナイズされており、道明寺のものも像高100cm弱、材にはヒノキが用いられる「檀像風」な像といえます。

道明寺 2015年12月12日 撮影:MKタクシー

道明寺 2015年12月12日 撮影:MKタクシー

像を細かく見ていくと、瞳に黒い石をはめ込んでいる点や、天衣のゆるやかな曲線、左右に垂れる髪や装飾の美しさにはまさしく檀像的、中国的な表現を感じます。
その一方でふっくらとした頬や均整の取れた体つきには日本的な表現があり、唐風と日本風の均整の取れた融合は、日本製檀像の頂点としても名高いものです。

 

拝観情報

本尊拝観日毎月18日、25日(4月のみ17日も)
1月1日~3日
拝観時間(通常期)6:00~17:00
拝観時間(本尊拝観日)9:00~16:30
拝観料(通常期)境内自由
拝観料(本尊拝観日)500円
TEL072-955-0133
住所藤井寺市道明寺1-14-31
アクセス近鉄「道明寺」より7分

公式ホームページ:蓮土山 道明寺 | Domyoji Temple

 

六波羅蜜寺「十一面観音像」(京都府京都市)

六波羅蜜寺 木村明啓 編 1864年刊行「花洛名勝」 出典:国際日本文化研究センター

六波羅蜜寺 木村明啓 編 1864年刊行「花洛名勝」 出典:国際日本文化研究センター

2.5mの大きな観音像

再び京都へ戻り、次の国宝十一面観音像は東山の住宅街の中にあるお寺、六波羅蜜寺ご本尊の十一面観音像です。
六波羅蜜寺は東山六波羅にあるお寺で、詳細な創建時期は不明ながら、平安時代初期に踊念仏で有名な空也上人が造立した道場を由来としているといわれています。
お寺の境内には念仏を唱える空也を表した「空也上人立像」が伝わっているほか、ご本尊の十一面観音像にも空也上人が車に乗せて念仏を唱えながら市内を巡ったという逸話が伝わっています。

2m50cmを超える像高は国宝十一面観音中最大の大きさで、さらにその大きさながら頭と身体の根幹部を一木から彫り出す一木造りとしている点が大きな特徴です。
一木造りは大きな木材があればあとはそれを彫り出せばよい、という造像法ですが、1本の木をそのままに活かすために課題もあり、内刳り(像の内部を削りだすこと)をしなければ像が乾いた際などに割れや亀裂が発生し、繊維の向きが一定なため、像に大きな動きをつけづらくなります。

 

日本らしい雰囲気の像

六波羅蜜寺の常時参拝できる十一面観音像 2011年11月12日 撮影:MKタクシー

六波羅蜜寺の常時参拝できる十一面観音像 2011年11月12日 撮影:MKタクシー

この十一面観音も大きさの割には動きが少なめではありますが、しかしそれは一木造りの特徴であり、これだけ大きな像を生み出した木はいったいどれほどのものだったのかと、像の前で考えてしまいます。
造像された時期は空也が活躍したのと同時期とされており、空也が車に乗せた、という逸話ももしかすると事実なのかもしれません。
2mを超える大きな像は、人込みの中からでも容易に拝むことができたでしょう。

先に紹介した檀像彫刻から時代が下ったことで、この像からはさらに国風的な雰囲気が見られるようになっており、目鼻立ちは浅く、控え目な衣文表現からは、その後の「定朝様(じょうちょうよう)」の仏像に繋がる雰囲気が感じられます。

 

拝観情報

拝観時間8:30~16:45(16:30受付終了)
拝観料600円(令和館)
TEL075-561-6980
住所京都市東山区ロクロ町81-1
アクセス京阪「清水五条」より7分

公式ホームページ:補陀洛山 六波羅蜜寺

 

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向源寺「十一面観音像」(滋賀県長浜市)

渡岸寺(向源寺)の十一面観音立像 滋賀県「滋賀県写真帖」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

渡岸寺〈向源寺〉(滋賀県)の十一面観音立像 滋賀県「滋賀県写真帖」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

今も多くの観音像が伝わる湖北地域

八体の国宝十一面観音のうち最後にご紹介するのは、長浜市高月町向源寺の十一面観音像です。

湖北地域は観音像の作例が多いことで知られていますが、中でも向源寺周辺の高月町は「観音の里」と呼ばれるほどに多くの観音さまを見られるところとして知られています。

この地に観音さまが多い理由にはいくつかが考えられ、近江国の鬼門の方角に当たる場所のために仏が多く祀られたことや、加賀を本山とする白山信仰(十一面観音信仰)が流入しやすい立地だったこと、そして琵琶湖対岸の比叡山の影響が強かったことなどから独自の仏教文化が花開いたと考えられています。

向源寺 2021年9月23日 撮影:MKタクシー

向源寺 2021年9月23日 撮影:MKタクシー

 

白山信仰の「観音の里」

平安時代以降この地には多くの天台宗寺院がありましたが、この地は戦国時代以降は姉川の合戦など多くの戦乱の影響を受けます。
寺院の多くが荒廃、無住となるなか、各お寺の仏像は各村の人々によって守られ、その姿を今に伝えています。

向源寺の十一面観音についてもそうした歴史を辿ったのは同様で、奈良時代に白山信仰の創始者である泰澄大師がこの地に疫病除けのために祀り、その後平安時代には最澄が立派な伽藍を建立するも、戦国時代の浅井・織田の兵火で伽藍は焼亡、観音像は付近の住民らによって土中に埋められることで難を逃れたという話が伝わります。

像の造りに密教的な雰囲気がみられることから、実際にこの像が造られたのは寺伝より少し時代を下った平安時代の初期と考えられますが、それだけこの地域と白山のある北陸地域との関係が深かったことを感じさせます。

向源寺 2011年12月4日 撮影:MKタクシー

向源寺 2011年12月4日 撮影:MKタクシー

 

八体中でも最も人気とも

像を見てみると、まずは顔の両側に2面を持つ独特の面配置に目を引かれます。また腰を捻り片足を遊ばせ、大きく前傾した姿勢など、像の全体に動きがあることが特徴的です。
官能的な表現からは西域的な雰囲気を感じるものの、伏し目がちの穏やかな表情や、なでやかな肩からは平安仏の雰囲気が感じられます。

八体の国宝十一面観音像の中でも人気の高い像で、「最も美しい」「最も官能的」と評されているのをみかけます。
白洲正子もこの像を「近江で一番美しい」とか「湖水の上を渡るそよ風のように、優しく、なよやか」と記しています。

 

拝観情報

拝観時間9:00~17:00(冬季は16:00まで)
拝観料500円(本堂)
TEL0749-85-2632
住所長浜市高月町渡岸寺50番地
アクセスJR「高月」より5分

公式ホームページ:観音の里・高月 渡岸寺観音堂(向源寺)/公式ホームページ

 

千本釈迦堂(大報恩寺)「木造六観音菩薩像」(京都市上京区)

大報恩寺の十一面観音 出典:文化財デジタルコンテンツ

大報恩寺の十一面観音 出典:文化財デジタルコンテンツ

新たに国宝に指定される十一面観音

国宝十一面観音像の中で最後にご紹介するのは、今年2024年3月に文化審議会が国宝指定を答申した千本釈迦堂の「木造六観音菩薩」、その中の十一面観音です。
2024年7月時点では官報告示の手続きが終わっていないため、正式な国宝指定はまだですが、近日中に国宝に指定されます。

これら六観音菩薩像のある千本釈迦堂は、「現存する中で洛中最古の建築物を見られるお寺」、「おかめにまつわるエピソードがあるお寺」等として知られますが、今回お寺が所蔵する「六観音菩薩像」と「木造地蔵菩薩立像」が国宝指定されたことで、さらに見どころを紹介しやすくなりました。

大報恩寺の十一面観音 出典:文化財デジタルコンテンツ

大報恩寺の十一面観音 出典:文化財デジタルコンテンツ

 

希少な六観音のそろい踏み

「六観音菩薩像」は千本釈迦堂の本堂より少しだけ早い貞応3年(1224年)の墨書が体内から見つかっています。六道(天・人間・修羅・餓鬼・畜生・地獄)に迷う衆生を助けることで信仰を集めた六観音全てがそろっている希少性が特に高い評価を受けています。
これら六観音の中には、六道のうち修羅道の衆生を特に救うとされた十一面観音も含まれています。

大報恩寺の六観音菩薩像 出典:文化財デジタルコンテンツ

大報恩寺の六観音菩薩像 出典:文化財デジタルコンテンツ

六観音像は元々千本釈迦堂の中に安置されてきましたが、腕や持物、光背といったものに傷みがありません。あまりにも状態が良いことで「見た目ほど製作年代は古くないのでは。」という声があったほどだと言われています。
像の特徴は像の全体に曲線的な優美な雰囲気があることで、特にお腹の表現からは柔らかそうな質感が伝わってくるかのようです。

六観音達はいずれも慶派の仏師、定慶の作とされています。同じ像高、似た顔立ちはこの像たちが当初から「六観音」としてセットで彫られたことを感じさせます。
像が作られた鎌倉時代は六観音への信仰が高まっていた時代であり、様々な姿を取る観音様への信仰が低い身分の人々にまで伝わっていたことが感じられます。

 

洛中最古の本堂も国宝

千本釈迦堂(大報恩寺)の本堂 2022年4月16日 撮影:MKタクシー

千本釈迦堂(大報恩寺)の本堂 2022年4月16日 撮影:MKタクシー

千本釈迦堂の創建は鎌倉時代前期の安貞元年(1227年)のこととされ、現在見られる本堂はお寺の創建当初のものがそのまま残っています。
建築、史料的価値が高く、こちらの本堂は六観音菩薩像などより先に国宝指定を受けていました。
幾度となく戦乱を受けていた洛中でも最古の建築物としても知られています。

また、この本堂の建築には1つの伝承があり、本堂を建築する際、棟梁の妻「お亀」が棟梁にアドバイスしたことで無事に建物が完成、しかし女のアドバイスで仕事を終えたと知られると夫の名誉にかかわるとして、お亀は堂の完成披露前に自害したというものです。
福女「おかめ」への信仰はここ千本釈迦堂から全国へ広まったともいわれています。

大報恩寺の十一面観音 出典:文化財デジタルコンテンツ

大報恩寺の十一面観音 出典:文化財デジタルコンテンツ

 

拝観情報

拝観時間9:00~17:00
拝観料堂内と霊宝殿
一般 600円
高大学生 500円
小中学生 400円阿亀桜は境内自由エリア
住所京都市上京区今出川七本松上ル溝前町
アクセス京都市バス「上七軒」より徒歩3分

 

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おわりに

ここまで十一面観音について様々お話してまいりました。
観音さまの中からさらに1尊、十一面観音さまを取り上げて語るというニッチと取れる内容であり、過去の記事と比べても今回はトップレベルに苦労した記事となっています。

しかし苦労した分発見も多く、特に後半の国宝十一面観音についてお話しする段では、様々な人が十一面観音像をどう評したのかを見比べ、それぞれの方の着目点の違いや感じ方の違いを見ながら「自分ならこの観音さまをどうお伝えできるだろう」と考えながら文章を書いていました。
もちろん実際にご自身の目でそれぞれの観音さまを見ていただくのが一番ではありますが、それぞれの観音さまの魅力が皆様に伝わっていれば、これに勝る喜びはありません。

今回特に十一面観音さまを特集した理由として、今年2024年が八体の国宝十一面観音像を全て拝観できる記念の年であることがあげられます。
当社MKトラベルでは、八体の国宝十一面観音像全てを拝観するツアーを企画しています。
是非お申込みいただき、「八体の中でどの観音さまが一番美しいと思ったか」「どの点に感動したのか」を皆様も感じてみていただきたく思っています。

 

執筆者紹介

岩本 真輝(いわもと まさき)
1993年兵庫県西宮市生まれ。奈良大学文学部地理学科卒業後、営業職を中心に勤務。
2022年に旅行会社へ転職し、以降はツアー企画職やツアーライター/歴史ライターなどに従事しています。
https://iwamoto-masaki.com/

岩本真輝執筆記事

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