世界遺産20周年を迎えた「熊野三山」の魅力とは?熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社を訪れよう

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世界遺産20周年を迎えた「熊野三山」の魅力とは?熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社を訪れよう

2024年、熊野三山などの「紀伊山地の霊場と参詣道(きいさんちのれいじょうとさんけいみち)」が世界文化遺産登録20周年を迎えました。
観光の目玉として世界的に注目される世界遺産ですが、日本に数多くある世界遺産の中でも近年特に海外からの注目を集めているのが、近畿地方南部の熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社や熊野古道などからなる紀伊山地の霊場と参詣道です。
特に世界遺産登録20周年を迎えた2024年は、熊野三山が大いに注目を集めています。

この記事では熊野地域の中でも代表的な霊場「熊野三山」の3つの神社について、その歴史や信仰、見どころについて紹介します。
ぜひ最後までお読みいただき、今後熊野三山を訪れられる際のご参考にして下さいね。

世界遺産登録20周年を迎えた熊野三山

日本に25ある世界遺産

日本で14番目の世界遺産

日本には2024年現在、25の世界遺産があります。
世界文化遺産としては「古都京都の文化財」などが有名であるほか、2021年には国内で最も新規の世界遺産として「北海道・北東北の縄文遺跡群」が登録されました。
1992年に日本が世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)に加盟し、1993年に世界文化遺産として「法隆寺地域の仏教建造物」「姫路城」、世界自然遺産として「屋久島」「白神山地」の4つが登録されたのが最初です。
以来、20の世界文化遺産と5つの世界自然遺産が登録されてきました。
そのうち、2004年に14番目の世界遺産として登録されたのが熊野三山などの「紀伊山地の霊場と参詣道」です。

熊野古道・中辺路の世界遺産碑 2023年11月13日 撮影:MKタクシー

熊野古道・中辺路の世界遺産碑 2023年11月13日 撮影:MKタクシー

 

3つの霊場と参詣道からなる世界遺産

「紀伊山地の霊場と参詣道」は、3つの霊場とそれらを結ぶ参詣道から構成されています。
今回主に取り上げる「熊野三山」の他に、修験道の拠点として繁栄した「吉野大峯(おおみね)」や真言宗の総本山である「高野山」、そしてこれらを結ぶ熊野古道と総称される「参詣道」からなります。
主な構成遺産は以下のとおりです。

熊野三山吉野大峯高野山参詣道
熊野本宮大社吉野山丹生都比売神社大峯奥駈道
熊野速玉大社吉野水分神社金剛峯寺玉置神社
熊野那智大社金峯神社慈尊院熊野参詣道
青岸渡寺金峯山寺慈尊院弥勒堂中辺路
那智大滝吉水神社丹生官省符神社湯峯温泉
那智原始林大峰山寺熊野川
補陀洛山寺小辺路
大辺路
伊勢路
七里御浜
花の窟
熊野の鬼ヶ城附獅子巖
高野参詣道
吉野上千本 2021年4月2日 撮影:MKタクシー

吉野上千本 2021年4月2日 撮影:MKタクシー

 

世界から注目を集める熊野エリア

スピリチュアルで脱日常的な体験が人気

熊野エリアは、世界的に知名度の高いガイドブック「ミシュラングリーンガイド」や「ロンリープラネット」に掲載されています。国内外の観光地の中でも特に高い評価を受けているほか、2020年には「外国人が訪れるべき日本の観光地」ランキングで観光地部門の1位を獲得しました。

実際に熊野エリアでの訪日外国人宿泊者数は、世界遺産登録がされた20年前の水準と比較して40倍となっています。他の日本の観光地と異なるのは欧米系の割合が非常に高い点です。しかし、近年はアジア系の旅行者も見かけるようになってきています。
このように外国人観光客から熊野エリアの高い人気の理由は、熊野エリアの世界遺産が持つ神秘的な雰囲気にあるとされ、自然崇拝の聖地を目指して巡礼路を歩くスピリチュアルな体験を中心に、様々な“脱”日常体験が海外からの旅行者に受けているとの分析が見られます。

花の窟神社の20周年限定御朱印 2024年3月3日 撮影:岩本真輝

花の窟神社の20周年限定御朱印 2024年3月3日 撮影:岩本真輝

 

20周年の今こそ訪れたい熊野三山

一方で、対象を日本人に絞ると、ある調査では「熊野古道について聞いたことがある」と答えた人が8割に上ったのに対し、実際に訪れた経験のある人は1割に留まっていたというデータがあります。
2024年は「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産登録から20周年の節目の年ということもあり、熊野地域をはじめ紀伊半島の各地でイベントの開催が予定されています。世界遺産に関係する寺社では限定御朱印の御授与も始まっています。
20年前の世界遺産登録から月日を経たことで観光客の受け入れ体勢もより整っています。実際に熊野を訪れた経験がある人もない人も、今こそ熊野地域を訪れてみませんか。

熊野本宮大社 2023年5月4日 撮影:MKタクシー

熊野本宮大社 2023年5月4日 撮影:MKタクシー

 

熊野三山とその歴史

3つの神社からなる「熊野三山」

熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の3つの神社

熊野地域には、熊野本宮大社(田辺市本宮町)と熊野速玉大社(新宮市)、そして熊野那智大社(那智勝浦町)の3つの神社があり、「熊野三山」とは3つの神社をまとめて指す言葉です。
一般に「熊野古道」と呼ばれる参詣道は、これらの神社と神社、神社から高野山や吉野、伊勢といった霊場、そして神社と大坂や京都といった都市間を結んだものです。徒歩で熊野三山や他の霊場を詣でる人々が行き交った巡礼道です。

平安時代後期には歴代の法皇や上皇、女院らが多くの貴族を伴って熊野三山を詣でました。鎌倉時代から江戸時代には、庶民階級にまで熊野三山への参詣が浸透しました。

熊野古道・中辺路 2023年11月12日 撮影:MKタクシー

熊野古道・中辺路 2023年11月12日 撮影:MKタクシー

 

自然信仰がルーツの熊野三山

多くの人々に崇敬された熊野の3つの神社のルーツは古く、中でも熊野本宮大社の創建は崇神天皇65年(紀元前33年)のことと神社に伝えられています。
3つの神社への信仰が具体的にいつ頃に生まれたのかははっきりしませんが、これら神社と祀られている神様はそれぞれが大自然への信仰を発祥にしていると考えられています。
熊野本宮大社は近くを流れる熊野川を、熊野速玉大社は熊野川河口近くの水の勢いを、熊野那智大社は那智の瀧を神格化しているともいわれます。これらの信仰からは人々が抱いた大自然への畏怖と原初的な信仰が感じられます。

熊野古道・大峯奥駈道(弥山の夜明け) 2022年5月3日 撮影:MKタクシー

熊野古道・大峯奥駈道(弥山の夜明け) 2022年5月3日 撮影:MKタクシー

 

日本独特の熊野信仰の聖地

仏教・神道・山岳信仰がまじりあった熊野信仰

やがて6世紀に日本へ仏教が伝来すると、仏教修行者たちも熊野の大自然を修行の場としていきます。
那智の滝壷の近くからは飛鳥時代の仏像をはじめとした多くの仏具が見つかっているほか、熊野地域には「持経者(じきょうしゃ)」と呼ばれる山中で法華経を読んで修行をする僧が多数いたこともわかっています。
これらの信仰が元々日本にあった信仰と混ざり合うことで、仏教と神道、そして山岳信仰の混ざり合った熊野信仰の基礎が造られていくこととなります。

仏教、神道、山岳信仰などがまじりあった熊野に対する信仰は、熊野の自然を対象とした信仰が芽生えたときからしばらくは修行者たちを主にしたものだったと考えられますが、平安時代の後期に差し掛かるころには状況が変わります。

熊野古道・小辺路(果無) 2023年5月3日 撮影:MKタクシー

熊野古道・小辺路(果無) 2023年5月3日 撮影:MKタクシー

 

末法思想と本地垂迹説

変化を引き起こしたのは「末法思想」です。この思想は釈迦が亡くなって二千年が過ぎると仏教の考え方が薄れ、人々が現世で救済されなくなるというものです。
日本では永承7年(1052年)が末法の入り口とされ、人々は来世で極楽浄土に生まれ変わろうとする考えを持つようになっていきました。
末法思想の考え方を感じられる建物としては宇治の平等院鳳凰堂が有名です。

熊野古道・大峯奥駈道(弥山の夜明け) 2022年5月3日 撮影:MKタクシー

熊野古道・大峯奥駈道(弥山の夜明け) 2022年5月3日 撮影:MKタクシー

この末法の時代では「本地垂迹(ほんぢすいじゃく)」の考え方が人々の間に浸透し、熊野の神々は実はそれぞれが仏様でもあるという考え方が広がっていました。
本地垂迹とは、「日本古来の神様は、実は日本の人々を救済するために仏様が姿を変えて現れているものである。」という考え方で、同時代以降、日本国中の様々な神様がこの考え方の元で「実はこの神様の正体は○○という仏様だ。」とされるようになりました。

熊野のそれぞれの神様も、熊野本宮大社の神様は阿弥陀如来、熊野速玉大社の神様が薬師如来、熊野那智大社の神様が千手観音菩薩が正体であるとされました。
3つの神社がある熊野三山は仏様の住む“浄土世界”として知られるようになり、3つの神社を指す言葉も「熊野三山」と仏教風のものとなりました。

熊野本宮大社の大斎原 2023年11月13日 撮影:MKタクシー

熊野本宮大社の大斎原 2023年11月13日 撮影:MKタクシー

 

貴族も庶民もこぞって訪れた熊野三山

34度も熊野詣をした後白河法皇

都の南にあるこの浄土世界に目を付けたのが当時の法皇や上皇らです。延喜7年(907年)に宇多法皇が熊野を参詣して以来、白河上皇が9度、鳥羽上皇が21度も熊野三山へと参詣し、浄土への救済を願いました。
平安時代末期の後白河上皇は特に参詣の回数が多く、生涯で34度の熊野詣をした記録が残っているほか、京都の今熊野周辺に熊野本宮大社と周辺の地形を再現するなど、熊野への熱烈な信仰を持っていたことが伺えます。
後白河法皇に限らず、当時の熊野信仰の熱狂は熊野の修験者が「回数が多いほど救われる」と人々に説いたことが由来ともいわれますが、同時代には法皇や上皇のほか多くの貴族も熊野の地を訪れており、熊野の地には和歌など様々な記録が残されています。

熊野古道・中辺路 2023年11月12日 撮影:MKタクシー

熊野古道・中辺路 2023年11月12日 撮影:MKタクシー

 

庶民からも「蟻の熊野詣」と言われるほどの人気

時代が中世に入ると熊野へは皇族に代わって地方の武士達による参詣が多くなり、戦国時代に入る頃には庶民による参詣も増えていきました。
これら熊野詣の隆盛を牽引したのは、各地の修験者が先達として参詣者たちを熊野まで導き、山内の御師(おし)と呼ばれる人々が参詣者を宿泊させる参詣システムです。
先達は「熊野曼荼羅」と呼ばれる仏教的要素の強い絵巻物などで人々へ視覚的に熊野詣の素晴らしさを説明し、熊野詣に魅力を感じた人々が実際に熊野へ参詣。お参りから帰った人々は地元に熊野に関する寺社を勧請、、、といった流れで熊野信仰は全国へと広がっていきました。
多くの人々が熊野参詣道に列を作って歩く様子は「蟻の熊野詣(ありのくまのもうで)」とも形容されました。

熊野古道・中辺路(近露) 2023年11月12日 撮影:MKタクシー

熊野古道・中辺路(近露) 2023年11月12日 撮影:MKタクシー

 

誰でも受け入れるふところの広い熊野信仰

なぜここまで多くの人々、特に民衆にまで熊野とそこに坐す神々が信仰されたのか。そこには、熊野三山の「ふところの広さ」が挙げられるかと思います。
平安時代末期の朝廷への報告書として「長寛勘文」というものが発見されていますが、その文中には伊勢神宮は庶民の参拝を禁止、仏事を忌避しているのに対し、熊野はそのどちらも許容しているという記録があります。

さらにその後の時代、鎌倉時代前期までに成立した書物には熊野三山を参拝する人々は道中での潔斎を「男女を弁ぜず」「上下を嫌わず」「万事平等にすべし」と書かれており、熊野の神々が身分や性別、貧富、浄不浄に係わらず、人々を平等に受け入れ、救う神として知られていたことがわかっています。

小栗判官ゆかりの湯の峰温泉 2023年11月12日 撮影:MKタクシー

小栗判官ゆかりの湯の峰温泉 2023年11月12日 撮影:MKタクシー

熊野に関する説話としては、妻の一族に毒を盛られて一目で本人とわからない、瀕死状態となった武士が、妻を含む多くの人々に荷車を引かれて熊野に参拝、熊野本宮近くの湯の峰温泉で湯治をして見事快復するという物語、「小栗判官物語」があります。
この物語は歌舞伎や浄瑠璃の題材となるなど多くの人に親しまれ、熊野がどんな人でも受け入れる「よみがえりの聖地」であることを、人々へさらに印象付けていきました。

熊能古道・中辺路(発心門王子) 2023年5月5日 撮影:MKタクシー

熊能古道・中辺路(発心門王子) 2023年5月5日 撮影:MKタクシー

 

熊野三山各神社のご紹介

ここまで主に熊野三山の歴史を紹介してきましたが、ここからは熊野三山のそれぞれの神社ついて個別に説明していきます。

熊野本宮大社

熊野古道が交わる山中に鎮座する古社

熊野本宮大社は和歌山県田辺市本宮町、奈良県との県境にも近い山中に鎮座している神社です。
創建時期は社伝では崇神天皇65年(紀元前33年)のことで、この時熊野川の中州にあたる現在の大斎原(おおゆのはら)に社殿が造営されたと伝わります。

熊野本宮大社 撮影:岩本真輝

熊野本宮大社 撮影:岩本真輝

熊野本宮大社の前からは、田辺市街から山間部を抜けるルートで、平安時代後期の皇族や貴族が参詣に用いた「熊野参詣道 中辺路(くまのさんけいみち なかへち)」、高野山から険しい峠道を抜ける「熊野参詣道 小辺路(こへち)」、伊勢神宮から伸び、主に近世以降に東国の庶民達が熊野参詣に用いた「熊野参詣道 伊勢路」、そして吉野から大峯の険しい山岳を経由する、修験者たちによる修行の道「大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)」の4本の熊野古道が伸びています。
熊野本宮大社の眼前を流れる熊野川の流れも、熊野本宮大社から熊野速玉大社への参詣道として用いられた歴史があり、かつての巡礼者たちの足取りを感じることができます。

熊野古道・小辺路より熊野本宮大社方面遠望 2023年5月4日 撮影:MKタクシー

熊野古道・小辺路より熊野本宮大社方面遠望 2023年5月4日 撮影:MKタクシー

 

ご祭神は正体不明の謎の神様

熊野本宮大社は創建以来、明治時代までは大斎原に社殿がありましたが、明治時代の大水害によって社殿が流出したため、現在は水害を免れるために高台に移築された社殿を参拝することができます。

熊野本宮大社・大斎原の世界遺産碑 2023年11月13日 撮影:MKタクシー

熊野本宮大社・大斎原の世界遺産碑 2023年11月13日 撮影:MKタクシー

熊野本宮大社のご祭神には熊野三山に共通の「熊野十二所権現」と呼ばれる12柱の神々が祀られていますが、中でも本宮では主祭神として家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)を祀っています。
家都美御子大神は日本神話に登場する須佐之男命(すさのおのみこと)と同一とも言われる神様ですが、詳細は判然としておらず、正体が神秘のベールに包まれている神様です。

熊野本宮大社 2023年5月4日 撮影:MKタクシー

熊野本宮大社 2023年5月4日 撮影:MKタクシー

熊野本宮大社では様々なお札やお守りなどを御授与いただけますが、中でもおススメは「和の守(わのおまもり)」です。
熊野本宮大社を含む世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」とスペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の”道”の世界遺産同士の繋がりを表したお守りは、『ジョジョの奇妙な冒険』で知られる漫画家、荒木飛呂彦先生がデザインされたものです。
世界中の人々が「和合する」ことを祈念したお守りをぜひ手に取ってみてください。

熊野本宮大社 2023年5月4日 撮影:MKタクシー

熊野本宮大社 2023年5月4日 撮影:MKタクシー

 

拝観情報

拝観時間8:00~17:00
拝観料境内自由
TEL0735-42-0009
住所和歌山県田辺市本宮町本宮

公式ホームページ:熊野本宮大社

 

熊野速玉大社

熊野川河口に鎮座する「新宮」

熊野速玉大社は、熊野本宮大社から熊野川を下った、河口に近い新宮の市街地に鎮座している神社です。
付近にある神倉神社の”ゴトビキ岩”に熊野の神様が降臨したため、その神を祀る神社として景行天皇の時代(4世紀前期から中期)に社殿が造営されたと伝わります。

山の上にある神倉神社と比べると、速玉大社は新しい神社のため“新宮”と呼ばれ、これが周囲の町の名前に繋がっていきました。

神倉神社 撮影:岩本真輝

神倉神社 撮影:岩本真輝

主祭神は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)の夫婦神で、それぞれの神は一説に日本神話の開闢神である伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美(いざなみのみこと)であるともいわれています。

熊野速玉大社 撮影:岩本真輝

熊野速玉大社 撮影:岩本真輝

 

良縁のご利益で知られる梛の大木

境内には平安時代末期の武将、公卿として活躍した平重盛お手植えと伝わる梛(なぎ)の大木が植わっています。梛は針葉樹でありながら幅広い葉を持つことが特徴の木で、古来熊野三山に属する神社で御神木として大切にされてきた歴史があります。

梛の葉は「風を凪ぐ」に繋がることから海路をはじめとする巡礼道中の安全のお守りとされたほか、葉の繊維が縦に入り、容易に横に断つことができないことから、「男女の縁が途切れない」良縁のお守りとしても重宝されてきました。
授与所では梛の実や葉で奉製された人形やお守りを御授与いただくことができます。

 

拝観情報

拝観時間日の出~17:00
拝観料境内自由
TEL0735-22-2533
住所和歌山県新宮市新宮1

公式ホームページ:熊野速玉大社公式サイト|和歌山県新宮市鎮座 根本熊野大権現

 

熊野那智大社

那智の滝をご神体とする神社

熊野本宮大社からは中辺路を太平洋の方向に下った先、那智の滝を有する那智山に抱かれているのが熊野那智大社です。
創建の時期は仁徳天皇5年(318年)のことと社伝に伝わりますが、元来が那智の滝を神聖視する自然信仰の道場であったため、社殿が造営されたのは熊野本宮大社・熊野速玉大社の2社よりも後のことだろうとされています。現在地に移る前の最初の社殿も、那智の滝の前に建っていたことがわかっています。

青岸渡寺 2023年4月23日 撮影:MKタクシー

青岸渡寺 2023年4月23日 撮影:MKタクシー

那智エリアには熊野那智大社社地に隣接して西国三十三所霊場の第一番札所である「那智山 青岸渡寺」があるほか、那智瀧の前には「飛瀧神社(ひろうじんじゃ)」が、そして山を下った海岸に近い場所に青岸渡寺の別院である「補陀落山寺(ふだらくさんじ)」があるなど数多くの社寺が見られますが、明治時代まではこれらの社寺と熊野那智大社をまとめて「熊野那智権現」を構成していました。

 

西国三十三所霊場の青岸渡寺との神仏習合

現在においても熊野那智大社と青岸渡寺の間は自由に移動することができ、2023年には青岸渡寺境内に修験道のお堂である行者堂が再建されるなど、各所に神仏習合時代の名残を見ることができるのが大きな特徴といえます。

青岸渡寺 2019年3月29日 撮影:MKタクシー

青岸渡寺 2019年3月29日 撮影:MKタクシー

また、那智大社を象徴するものとしては、例年7月14日に行われる「那智の扇祭」が有名です。
一般に“那智の火祭り”と呼ばれる祭礼で、熊野那智大社社殿に祀られている神々を那智の滝を表しているともされる「扇神輿」にお移しし、旧社地である飛瀧神社へ渡御することで五穀豊穣を祈願する祭礼です。
この祭礼の際に神輿にのった神々を迎えるために焚かれる大松明は重さが50kg以上もあるもので、それらが場を清めながら走り抜ける迫力から「日本三大火祭り」のひとつにも数えられています。

 

拝観情報

拝観時間7:00~16:30
拝観料境内自由
TEL0735-55-0321
住所和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1

公式ホームページ:熊野那智大社 飛瀧神社 那智御瀧

 

おわりに

ここまで熊野三山の歴史や信仰の由来、見どころについて説明してきました。
本文中で少し触れましたが、熊野三山の神社のほかに周辺には数多くの寺社があるため、熊野三山だけでなくそれらをあわせて訪れると、より熊野の社寺を楽しむことができるかと思います。

特に「補陀落山寺」「神倉神社」「花の窟神社」、そして奈良県の「玉置神社」の4つの寺社はそれぞれに熊野三山と関係性が深いため、あわせてのご訪問がおススメです。
世界遺産登録から20周年の今年は熊野三山とともに上記の寺社などでも記念朱印の授与の他に様々な行事も企画されています。

補陀落山寺 撮影:岩本真輝

補陀落山寺 撮影:岩本真輝

 

京都からはMKトラベルのバスツアーがおすすめ

熊野地域には関西・中京エリアからは特急列車や高速バスが運行されているほか、熊野白浜リゾート空港を利用すれば、東京羽田空港から1時間程でアクセスすることができます。
一方で地域内の公共交通機関網は決して充実していないため、訪れる際には事前にしっかりと旅程を組んで訪問するようにしてください。
旅行会社が催行するバスツアーなどを利用しての訪問もおススメです。

MKトラベルでは、2024年11月18日(月)~19日(火)に「熊野三山めぐり・那智の滝と隠れ湯雲取温泉」を催行します。
熊野三山に加えて、いずれも世界遺産である鬼ヶ城、花の窟神社、補陀洛山寺、神倉神社、七里御浜を訪れる盛沢山のツアーです。
宿泊するのは知る人ぞ知る隠れスポットである雲取温泉旅館です。
この秋、ぜひMKトラベルの熊野三山めぐりバスツアーをご利用ください。

花の窟神社 撮影:岩本真輝

花の窟神社 撮影:岩本真輝

 

執筆者紹介

岩本 真輝(いわもと まさき)
1993年兵庫県西宮市生まれ。奈良大学文学部地理学科卒業後、営業職を中心に勤務。
2022年に旅行会社へ転職し、ツアー企画/ツアーライター/歴史ライターとして従事。ライターとしては「織物の歴史と著名な織物の製法を学ぼう 」「紀伊山地の霊場と参詣道の全体像」「日本酒の醸造工程」など観光・歴史分野を中心に幅広い分野の記事を執筆。

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