ペシャワール会・中村哲医師が土木学会技術賞を受賞|MK新聞2018年掲載記事
MKタクシーの車内広報誌であるMK新聞では、フリージャーナリストの加藤勝美氏及びペシャワール会より寄稿いただいた中村哲さんの記事を、2000年以来これまで30回以上にわたって掲載してきました。
MK新聞2018年9月1日号の掲載記事の再録です。
原則として、掲載時点の情報です。
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ペシャワール会・中村哲医師が土木学会技術賞を受賞
ペシャワール会の中村医師がPMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス 平和医療団日本)を率いてアフガニスタンで継続している灌漑事業の功績に対して、同国のガニ大統領から叙勲されたことはMK新聞2018年5月1日号で報じたが、今度は日本の土木学会から平成29年度「土木学会技術賞」を受けた。
これまで、この賞を受賞しているのは明石海峡大橋、青函トンネル、複雑なインターチェンジなど、日本の近代技術の精華の見本のようなものばかりだが、PMSの灌漑事業は江戸時代ないしそれ以前の時代の技術に過ぎない(この「過ぎない」という表現が妥当かどうかという問題はあるが)。
しかし、この事業に「勝手連」ではなく「勝手人」として昨2017年8月から受賞のための情報収集を始めたのが、土木学会特別会員・河川協会河川功労者の市川新さん。
対象となったアフガニスタンのクナール川は、利根川の1.8倍以上もあり、取水地点の平均勾配が1/266という、日本以上の急流河川。
それに日本の江戸時代の技術で挑んで来たのだが、その技術はPrimitive but Practicalであり、「それこそが多くの途上国が求めている技術だ」と市川さんは確信した。
プリミティヴはふつう「原始的」「未開の」「素朴な」「単純な」と訳されるが、それこそが現地では「実用的」なのだ。
市川さんは、これもMK新聞の2017年12月1日号で紹介した『アフガン・緑の大地計画 伝統に学ぶ灌漑工法と甦る農業』(石風社、2017)を読んではいたが、現地に行ったことはない。
行きたくても、紛争の絶えない同国へのヴィザを日本政府は発給していないから、現地行きは不可能。
しかし、中村哲医師とPMSに現地の多くの村から堰や水路の改良を要望する声があり、推薦に踏み切った。ガニ大統領からの叙勲はその後で知った。
土木学会技術賞の推薦には審査委員への90分間の説明が必要だが、明君海峡大橋などでは完成写真一枚で済むのに、灌漑事業は「絵にならない」。
難工事であることを示す写真を80枚以上用意したが、それをJOCAの永田謙二さんが27枚のスライドにまとめて、10分間の説明をしてくれた(この永田さんのアフガニスタン体験をつづった手紙も本紙昨年12月1日号に掲載)。
市川さんは「受賞に当たっての実際の功労者は永田さんです」という。
市川さんの推薦文では、
「平均河川勾配1/266の急流に取水堰という“淵”を作ると“瀬”ができ、流れによる洗掘(せんくつ)が激しくなる。この地点の年間水位差は月平均1.5mあり、取水口の建設が最大の難関。採用した工法は河道幅90mに対し堰幅約385mの巨礫空石積による“斜め堰工法”で、これにより渇水期の冬季と増水期の春・夏期いずれでも安定的に取水できるようになった。」
「中村哲氏は筑後川の山田堰(福岡県朝倉市)を“水理モデル実験室”と見立て、その洗掘・堆積状況を詳細に観察し、その成果をクナール川に応用した」と説明している。
さらに、「この地域は電気も資金もなく、多量の鉄骨・鉄筋やセメントも購入できない。将来の維持管理を考えると、地元住民が持っている技術で開発しなければならない。具体的には当地の山岳地帯に無尽蔵にある岩石・巨礫を利用し、それを扱うことができる現地農民(多くが巧みな石工である)の協力・参加を得てこの事業を完成させた」
と、きわめて簡潔に中村・PMS方式を再現している。
推薦文の結びにはこうある。「技術は“ローテク”ではあるが、このような技術しか利用できない場所が世界には多数存在するので、この成功例は将来の技術援助の在り方の一つとして、高く評価されるべきものと考える」。
ところで、このPMSの灌漑方法を広めるため、他州の水番(ミラーブ)や技師たちに現場でトレーニングを行うことになり、FAO(Food and Agriculture Organization国連食糧農業機関)の協力で、教室4室と事務所8室、研修生宿泊用12室からなる2階建て訓練センターを建設した。
PMS職員・エンジニアのディダールさんによると、この1月には訓練を開始、およそ80名が訓練を受けた。
訓練生の一人はディダールさんにこう語ったという。
「農地や家が洪水に破壊される。ここで水制をどのように作り、設置するかを学んだ。これまでは護岸工事や水制もセメントと鉄筋でしか作れないと考えていたが、この訓練所は、石、針金、柳の枝など地元で手に入る材料でも作れることを教えてくれた。村に帰ったら自分の農地や家を守ることができる」。
(以上の内容は『ペシャワール会報』2018年6月27日 136号にもとづくものです。)
市川 新
1937年 生まれ
1961年 東大工学部土木工学科卒
1963年 同大学大学院土木工学科修士課程修了
著書『都市河川の環境科学』(培風館、1980)、市川+マキシモヴィッチ共編『都市域の雨水流出とその抑制』(鹿島出版会、1988)
趣味はアメリカンフットボール
ペシャワール会北摂大阪。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。
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フリージャーナリスト・加藤勝美氏について
ペシャワール会北摂大阪。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。
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1985年10月10日号~1999年1月1日号 「関西の個性」(39回連載)
1997年1月16日号~3月16日号 「ピョンヤン紀行」(5回連載)
1999年3月1日号~2012年12月1日 「風の行方」(81回連載)
2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)