エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【424】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【424】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2023年8月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

布や服地の現物を貼り付けた見本帖が好きだという話を前回した。
「現物を貼り付けた」つながりで続けると、かつてこんな本があったことを思い出した。日本語版が1982年に刊行された『マイアミ沖殺人事件』(中央公論社)だ。
推理小説の一種なのだが、この本そのものが、警察の担当刑事が報告書と共にまとめた捜査ファイルという設定。つまり、私たちはこの捜査資料一式をもとに犯人を推理する。いわゆる「小説」を読むのではなく。
事件関係者の供述書や尋問書、肖像や現場の写真、見取図、証拠品のメモや手紙、電報、その他捜査に必要な記録や資料が収められている。
報告書として活字で印刷された本文用紙とは別に、証拠品の類は、メモや手紙、電報などを模して、それぞれ紙質やサイズや厚さや色の異なる用紙に、手書き文字やタイプ印字などで印刷。わざわざ別途作成して本に綴じ込んだり、ページに貼り付けたりしている。
そして特に、この本ならではの趣向で楽しいのは、マッチの燃え残り、毛髪、血痕のついたカーテンの切れ端といった実物の証拠品が透明な小袋に入れて貼り付けてあるところで、なかなか手の込んだ演出である。
毛髪や血痕はもちろん本物ではないだろうが、これら現物を発行部数にあわせて製作あるいは調達して、手作業で小袋に入れてページに貼り付けるというのは、手間のかかる作業だろうし、それだけ余計にコストがかかる。担当者の苦労話を聞いてみたいものだ。
推理小説としてのレベルは別として、遊びごころのある試み。よく売れたのか、続編も翻訳出版され、シリーズ計四冊発行された。
二冊目以降も、実物の証拠品として、鉄道乗車券の半券、切手、細かくちぎられた写真、新聞が二部(切り抜きではなく全体。AB判であるこの本の約四倍の大きさで各六ページ)、セメントの粉末、拳銃の薬莢(やっきょう)、乾燥したアスパラガスファーン、ヘアピンなどの現物が透明な小袋に入れてページに貼り付けられている。
当時の定価で2,800円と2,500円の二種。四十年以上が過ぎ、もし今なら、制作にこんな人手のかかる本、いったいいくらで発売されることになるのやら。
第一弾の『マイアミ沖殺人事件』は、のちに文庫化されたが、さすがに証拠品は実物ではなく、写真が掲載された。

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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