エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【442】|MK新聞連載記事

よみもの
エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【442】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2026年3月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めて暮らしたい

前回の続き。大河ドラマ『光る君へ』放送中の二〇二四年は、インターネットのSNSなどで感想や考察、解説が、あまた配信、投稿されていたが、当然のごとく放送終了とともに新規の掲載はなくなった。
また、それらは毎週の各回についての話題であり、全体を通じた振り返りはあまりなかった。
で、今さらだが、この機会に『光る君へ』全体を通して設定や展開などで秀逸だった創作ポイントを改めて確認しておこうと思いたった。
一年以上前に放送は終了しているのでネタバレはご容赦を。逆に本放送を観ていない人がこれを読んで再放送(未定)を観たくなれば幸いだ。
まず何と言っても、ドラマの基盤である紫式部と藤原道長が幼なじみであるという攻めた設定は挑発的ですらあった。
逃げた小鳥を追いかける少女の紫式部を道長が見かけるという源氏物語の若紫巻を思わせる本歌取り的な出会い。
その上で、紫式部の娘は実は夫である藤原宣孝の子ではなく、道長との不義密通による子だというのは、源氏物語の主題に関わる納得の展開だ。
道長は、権力欲と策略で天下を取った傲慢ヤロウという一般的なイメージとは真逆で、民のために政治改革を目指すなかで幸運やライバルの自爆で出世した私利私欲のない人という設定。永井路子の小説『この世をば』の凡人道長もそうだが、さらに「人がいい」。
道長が権力の頂点に自己満足して詠んだとみなされている歌「この世をばわが世とぞ思う望月の欠けたることもなしと思えば」は、このドラマでは、道長が無力感と失意のどん底で詠むという展開で、そこに至るまでの周到な筋運びは見事なひねり技であった。
さらに、清少納言と紫式部は女房として宮中に出仕した期間がずれていたので顔見知りではないと一般に考えられているが、このドラマでは、藤原道隆の邸宅で催された漢詩の会などで同席する機会があり、共に出仕以前に知り合っていたという裏技も。
二人が並んで談笑する場面がおそらく意図的に度々設けられていた。まるで「こんな場面見たいですよね。ドラマならできるんです」と脚本家の大石静がいたずらっぽく微笑んでいるようだ。
まだまだ書ききれないがとりあえずここまで。
「こんなの史実ではない」と指摘を自慢したくてドラマをパトロールしている「史実警察」たちをよそに、通説と逆説と本歌取りと奇想と遊びと泣きどころをパズルのように緻密に組み上げ、強引さや不自然さを感じさせない感涙の知的快感ドラマに仕上げていた。
というか、私にはむしろこれが史実であるほうが腑に落ちる(笑)と思えるほど、虚構内リアリティが人物や事件の本質をあぶりだしていた。源氏物語蛍巻で光源氏が紫式部に成り代わり、歴史書にまさる物語の特質だと語っていたように。

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

この記事が気に入ったらSNSでシェアしよう!

関連記事

まだ知らない京都に出会う、
特別な旅行体験をラインナップ

MKタクシーでは様々な京都旅コンテンツを
ご用意しています。