エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【197】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【197】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2007年4月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

一年半ほど前、わけあって何冊かの一般人向け株式投資の戦略本をチェックしたことがあった。「私はこの方法で××万円儲けました」とか「資産を120%にするラクラク投資術」といった類だ。
結果を出した著者が自らの投資理論を得意げに語るその手の本は数多く出版されている。しかし、その年は平均株価が約40%も上昇した年で、極端なことを言えば、何も考えずにテキトーに(例えばETFを)買うだけでも高水準の資産運用が誰にでもできた。

その年に「当てた」著者が、その後どうなったかは知らない。彼らの本のほとんどはもう、書店の棚から姿を消したのではないか。予想が当たっている間はともかく、当たり続けるはずもなく、ハズレた人の本など誰も読まないからだ。その人たちを悪く言っているのではない。株式投資とはそういうものだ。掌をかえすような出版社を責めているのでもない。彼らも商売なのだから。
などと、長々と前置きを書いてきたが、ここではそんなことを言いたいのではない。テレビや雑誌などのマスメディアは基本的に、その人がその長い人生の中で一瞬だけ登場するものだということ。それは、ヒットチャート上位の流行歌手や最盛期のスポーツ選手、時流に乗った企業人だけではない。ごく普通の一般人もそう。その人が一生をかけてコツコツとやってきた仕事にせよ、ユニークな趣味にせよ、思いがけない幸運にせよ、「こんな人がいますよ」と何分かの映像、何行かの文章で紹介される。マスメディアはこのような「なにものかである」人が次から次に絶え間なく登場する特殊な場なのだ。

自分は「なにものでもない」と鬱屈した日々を送っている若者が少なくない。テレビを見ると、みんな輝いているのに、自分だけが「イケてない」ように思ってしまうのだろう。でも、平凡な繰り返しの日常も、何をやってもうまくいかない期間も、テレビは映さない。いや、失敗や不幸さえも「ドラマのような人生」に変えてしまう。
奇妙な行動で人目を引こうとしたり、厭世的に自我に引きこもったりしている若者に言ってあげたい。そうじゃないよ、もっと気楽にいこうよ、と。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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