エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【291】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2012年7月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
ある若手漫才師が太宰治の小説を愛読していて、本好きであるということが、お笑い芸人にとってのある種の付加価値として作用しているらしい。
幸運にも、ひしめくライバルたちとの差別化を果たし、観客にそれと認識してもらうキャラクター、少なくとも当面のポジションを得たわけだ。
それは、そこに「京大出身」のクイズ王とはまた別の枠が用意されている、あるいは、その価値が認められているということを示している。
以前、ある調査で一か月に一冊も本を読まない高校生が半数近くいたという報道があったが、中でもテレビでバラエティー番組を好んで観るような生徒たちにとって、いや、今どきの大学生あるいは若い社会人にしても、たとえ自分自身はほとんど本を読まなくたって、本をよく読むということはプラス査定の属性であると共通に認識されているのだろう。
つまり、前時代的な教養主義の意識や感覚がケータイ世代の女子や男子にも、まるでDNAのように(多少なりとも)引き継がれているというところがおもしろいと思うし、日本社会の何がそうさせているのか非常に興味深い。
もっとも、彼が、人気番組に出演するテレビタレント(憧れの職業かつテレビ画面を通じて身近な存在)であり、お笑い芸人なのに(暗いイメージの)太宰治が好きで、ボサボサの長髪で引き攣った薄笑いを浮かべる独特な風貌――などが相まって「読書芸人」としてキャラ立ちしているのであり、どこにでもいそうな「ただのサラリーマンのおじさん」が歴史小説や時代小説を彼以上に読んでいたとしても、誰も「読書会社員」として注意を向けないだろうが。
かつて、ジャイアント馬場が「実は読書家」で年間×××冊以上読んでいたなどという話をあちらこちらで耳にしたり目にしたものだが、このエピソードを持ち出す人のポイントが意外性だとすると、馬場さんに失礼な話だなあと、ちょっと気の毒に思うが、本人はこの点についてどう感じていたのだろうか。
それはともかく、本が読まれなくなったと言われて久しいが、できれば本は読んだほうがいいと多くの人は心のどこかでまだ感じている。
それさえなくなる日が……いつかくる?
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)