エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【193】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【193】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2007年2月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

1月17日におばあちゃんが死んだ。おばあちゃんは私の母の母で、満88歳だった。私と母とおばあちゃんの三人暮らし。私は生まれてからその日まで、おばあちゃんとずっといっしょに暮らしていた。
もう、おばあちゃんが寝ることのないベッド――その枕許の棚の上には本立てがあり、おばあちゃんが大好きだった園芸の本が並んでいる。その多くは、私が子どもの頃におばあちゃんにプレゼントしたものだ。12月25日の誕生日に毎年一、二冊ずつ贈った。今、あらためて手に取って見ると、いちばん古いものは1977年の発行になっているから、私が中学二年のころだ。色あせて、擦り切れるまで何度も何度も読み込まれた本……。

おばあちゃんはよくお小遣いをくれた。それは私が大人になって働くようになってからも続いた。いや、実を言うと、亡くなる直前までくれていた。休日に私が街にでも出かけようとすると、まるで幼い孫にでもあげるように。「おいしいもん食べ」と言って。もちろん「おいしいもん」を食べた後、昼食代にしては少しばかり多いそのお小遣いの残りで、私はいつも本を買った。
幼稚園にあがるかあがらないかの幼いころには、おばあちゃんと二人でよく近くの銭湯に行った。二人にとって幸か不幸か、途中に本屋さんがあって、きかん坊だった私は、欲しい本を見つけると、ねだって店の前を動かなかったという。のちに懐かしそうに、そう話してくれた。

あれは高校のころのことだったか。私が捨てようとする本屋の紙袋をおばあちゃんは畳んで押し入れに溜めていた。紙袋を何かに使うよりも新たに本を買ってくる方が早かったから、押入れの紙袋は増える一方だった。私が「紙袋はなんぼでもあるから心配ないな」とからかったら、すかさず「ちょっと値の張る紙袋やけどな」と返された。

昨年11月末、今後は必要になることがあるかもしれないと思い、認知症の人と暮らす家族へアドバイスが書かれた本をおばあちゃんに内緒で買って読んだ。読み終わると、参考になるからと母にも読むように勧めた。が、結果的にはその本を読む必要はなかった。おばあちゃんは、家族に世話をかける前に風のように逝ってしまった。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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