エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【167】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【167】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2006年1月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

人は一生のうちに、他人の部屋をじっくりと見ることが何度あるだろうか。友人・知人や恋人のそれではなく、まったくの他人の部屋など、それが仕事でもない限り、私たちにはほとんど見る機会はない。
テレビでは、一昔前に人気のあった今はB級のレポーターが、芸能人やユニーク社長の「お宅拝見」と称して毎日のように他人の家に上がりこんでいるが、当のレポーターもテレビの前の私たちも、実はその部屋の何も見ちゃいない。記号としてのプライベートな空間に侵入し、住人がネタとして用意した表層的なエピソードを引き出すためのきっかけとしてモノに触れてみせるレポーター。
あるいは、抽象的な存在の「普通の人」と少しは名の知れたこれまた抽象的な存在の「有名な人」が、接近遭遇する際に生じる小さなドタバタ劇を、ただ単にテレビカメラは映し出しているに過ぎない。

最近出版された『賃貸宇宙 UNIVERSE for RENT』(都築響一、ちくま文庫)は、現代美術、建築、写真、デザインなどの分野で執筆・編集活動を続ける著者が、代表作である『TOKYO STYLE』以降、九年の歳月をかけて取材した約三百件「何でもない、ただの部屋」の写真をまとめたものだが、「ビンボーさん」でも「セレブな金持ちのお嬢様」でもなく、具体的な存在としてのひとりの人間が生活している部屋のちらかった、あるいは整然としたディテールの一つひとつをじっくりと見ていると、他人の部屋をそっと覗き見しているようなドキドキする感じを覚える。また、ページをめくりながらいくつもいくつも他人の部屋を見続けていると、何とも言いようのない奇妙な安心感を覚える。

「片づけないこと」「狭さをおそれないこと」「部屋を壊すこと」「洋服と住むこと」「部屋をギャラリーにすること」「風呂がなければ作ること」「そしてどこにも住まないこと」など、五十のテーマを設定して編集されていて、一見つかみどころのない本書の、ひとつの読み方の補助線になっている。基本的には写真集の体裁だが、小さな文字でびっしりと記された取材文とキャプションは読みでがあり、上下二冊からなるこの本は、まさにライフスタイル曼荼羅の宇宙と言ってよい。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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