エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【309】|MK新聞連載記事

よみもの
エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【309】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2014年1月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

原作小説を脚色したミステリーやサスペンス映画、あるいは、たまに観たりするテレビの特番ドラマで、全体的にはなかなかユニークな設定や展開なのに、細部のつじつまが雑だったり、言及不足で疑問が残ったりすることが少なくない。
その場合、原作小説にはそこのところがちゃんと書き込んであるのではないか、映画やテレビドラマはどうも不完全燃焼だったが、もしかしたら原作小説はちゃんとしているのかもしれない、と思うことがある。

そもそも原作が長編小説なら、二、三時間の映像でその内容すべてを描ききれないし、脚本家や演出家の力不足かもしれないからだ……などとは、いまさら言うまでもないことだが。
ともかく、それで実際に原作小説を読んでみることもあるのだが、その結果は別として私が興味深いのは、原作小説を読んでみようと思った動機が「映画やテレビドラマに不満があったから」であって、「とてもよかったから原作小説も読んでみよう」ではない、というところにある。
そのような人が私一人ではなく、他にも少なからずいて、原作小説の売り上げのかさ上げになっているとしたら、ちょっと逆説的ではないか。
ところで近年、「突っ込みどころ満載」という言葉を耳にすることがある。
ちゃんとしたものより、おかしなところがあるもののほうが、引っ掛かりがあってスルー(素通り)できない、話のネタになる、果ては、愛すべき存在であるというようなニュアンスで、「~の作品」「~の商品」「~のキャラ」のように使われたりする。
ただ、「言われてみればなるほど」という微妙な(だから、おもしろい)ものから、わざとらしいあからさまな(だと、しらける)ものまで、そして、第三者が指摘する(ユーモアセンスある)ものから、戦略的に狙った自己演出(の単なるマーケティング)ものまで、内実はいろいろ。
「ゆるキャラ」なんて、ブーム当初には既にゆるくもなんともなくなっているのに、いまだに「ゆるキャラ」として人気が長続きしているのも、新たな「ゆる(くない)キャラ」が次々と登場するのも、皮肉ナッシーというかトホホナッシーというか、世の中ホントわからないモン。今年も楽しい年でありますように。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

この記事が気に入ったらSNSでシェアしよう!

関連記事

まだ知らない京都に出会う、
特別な旅行体験をラインナップ

MKタクシーでは様々な京都旅コンテンツを
ご用意しています。