エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【308】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【308】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2013年12月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

自宅の本棚の整理を今、少しずつ進めている。
棚には奥と手前に二重に本を並べているのだが、久しぶりに奥側の本を取り出してみると、数十年前に読んだ懐かしい本がいくつも出てきた。
その中に、京都に関する本を何十冊と集めた一角があった。
私は京都生まれの京都育ち、今も京都に住んでいて、中学、高校の頃から京都の歴史や文化に非常に関心があった。
京都の街を歩いては本を読み、本を読んでは京都の街を歩く、そんな青少年だった。

「地元の人は案外、寺社や遺跡めぐりをしないものだ」とか「伝統文化に日々接したり、携わっている一部の人は別にして、今どきの一般市民は、他府県の京都ファンほどには関心がない」などと、逆説的に言われることがあるが、少なくとも自分に関してそれは当てはまらなかった。
京都の大学を出て、就職したのもやはり京都の会社であった。
ところが、その後、大阪の会社に転職して通勤するようになると、ストンと何かが落ちたように京都に特別な関心がなくなった。
別に大阪が好きになったというわけではない。
ただ、京都も、日本にある数多くの市、地域の一つであると、仕事で京都という殻を飛び出すことによって、相対的に見ることができるようになったのかもしれない。

海外に出てみて初めて自国日本の歴史や文化に目を向けるようになったとか、故郷を出ることで故郷の独自の文化を再認識したなどとよく言われる。
あるいは、若い頃はまったく興味はなかったが、歳をとってから地元の歴史や文化に関心を持つようになったと。
そういう意味では、どうやら私は逆のようだ。
もちろん、まったく興味がなくなったわけではなく、青少年期のような強い京都へのこだわりがなくなった。
もっとも、死ぬまでにもうひとひねりあるかもしれないが。

ところで、久しぶりに手にした京都本。
さすがに数十年で「歴史」は変わらない。神社仏閣の写真もほとんど変化なし。伝統文化も。
むしろ今読んで興味深いのは、出版当時の街並みや商売、同時代の人々の生活を図や写真、取材文で記録した本だ。
例えば、1989年に刊行された『新・都の魁』は、バブル経済真っ只中の新聞連載をまとめたもので、ある意味、とても感慨深い。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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