エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【295】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2012年11月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
この秋の青空古本市で、とびきりの掘り出し物を手に入れた。
大好きな俳人、永田耕衣の書き込みのある古雑誌を二十冊ほど。しかも、百円均一で。
耕衣の書き込みのある一冊の本については、今は古書店主のある方が、以前からあちらこちらで披露されているので、「ネタ」としてはかぶるのだが、やはりうれしいものはうれしいので、ここは無邪気に書かせてもらいたい。
初日ではなく、三日目だったか。百円均一の台に俳句関係の古雑誌がかたまって数冊。
見ると、背表紙に青いインクで書かれ、かすれた、あの独特の癖のある字。
「もしかすると」というか、すぐにわかった。耕衣の字だ!なぜか、右左に視線を向ける。わたしが何かに気づいたことを誰かに気づかれていないか。
まとめて引き抜くと、どれも、表紙にも目次にも書き込みがある。
付箋が貼ってある。本文にも書き込みやら線引き、キーワードに丸印など。
青空古本市の百円均一コーナーは広い。
散らばって他にもあるかもしれないので、素早く、注意深く、すました顔でグルグルと、念の為に二周回った(実は、翌日も見に行った)。
そこにも、あそこにも、ある、ある。
俳句関係は自作品(句や評論、随筆など)の掲載誌、耕衣の句について評論した筆者からの贈呈誌が主だが、禅や美術、現代詩の専門誌もあった。
店頭で「耕衣自筆書き込み」として売っているものでも、「こんなものが入荷したんですがね」と、よく知る古書店主に教えてもらったものでもなく、百円均一の薄汚れた本や雑誌の山の中から自分の目で発見したときの喜び――。
で、その内容だが、詳しく書く場所もないし、彼を知らない人に関心はないだろう。
でも、これがもし、あなたが好きな作家だったら?だから一言だけ。
耕衣の書き込みには、初出作品の推敲があった。
また、ある筆者の評論の一文に触発されたのか、作句して書き付けたらしいものもあった(未知の句か?)。
あるいは、メキシコの詩人オクタビオ・パスに興味があったのか、チェックしていたり、その他あれこれ記された感想などを読むと、何(誰)に興味を持ち、何を考えたのかを垣間見ることができて楽しい。
他の俳人のどの句に◯や△をつけているかも興味深い。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)