エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【264】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2010年4月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
あることが自分の身に起こったとする。それを偶然と感じるか、因果と受け取るかは、起こったことそれ自体ではなく、その人の考え方や心理状態による。
偶然とは何だろう。
この一月に出版された野内良三著『発想のための論理思考術』(NHK出版)は、書名からは想像できないが、著者の前著『偶然を生きる思想』(同)の姉妹編。
日本と西洋の文化を対比し、古今の哲学者や文学者の思想を辿りながら「偶然を育む生き方」を論じた前著に対して、新著では〈「容」偶然性〉という概念を念頭に論理思考の新たな可能性を探っている。さらに、この著者は二月にも『「偶然」から読み解く日本文化』(大修館書店)を刊行している。
「偶然を育む生き方」と言えば、これも一月に出版されたのだが、関沢英彦著『偶然ベタの若者たち』(亜紀書房)は、確実な物事を好み、リスクや偶然性を極力排除しようとする近ごろの若者の性向を指摘している。
世相を背景に安定志向、保守化している若者に対して、偶然ベタでは「生きづらいでしょ」と著者は問いかける。
その上で、若者が偶然ベタになった要因を分析し、偶然ベタをタイプ別に三つに分けて解説。
「偶然上手」になる(偶然を味方につける)ためのアドバイスを提示する。
偶然ベタな若者が増えた要因として挙げているのは、不安定な経済状況やマニュアル化した労働現場、自己決定することを煽る社会的な傾向など。
「人気のおいしい店」など、あらかじめ情報が得られるケータイの影響も分析している。
この本は、「偶然とは何か」という哲学的、文化的な議論とはあまり関係がない。当の若者を対象とした自己啓発本の一種と言えるだろう。
あるいは昨年九月には、こんな本も出ている。レナード・ムロディナウ著『たまたま――日常に潜む「偶然」を科学する』(ダイヤモンド社)。こちらは、確率論から見た「偶然」。確率の大小と実感には意外にズレがあるものだ。奇跡のような偶然と感じたことが、実は結構高い確率で起こることだったり……。
「偶然本」が立て続けに出版されるのは偶然か。それとも、息苦しい社会における必然なのか。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)