エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【261】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2010年1月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
年末恒例の“三大ランキング”と言われる「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」「このミステリーがすごい!」。
各最新版の海外部門で、スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』が前二者で第一部が一位をダブル受賞。
「このミス」では二、九、十位と、ベストテンに第一部から第三部までの三作(各上下二巻)がランクインする快挙を成し遂げた。
「全世界で二一〇〇万部を突破」したそうだが、著者は第三部まで原稿を書き上げたものの、第一部出版の前年に心筋梗塞により五十歳の若さで急死してしまった。
発見された書きかけの第四部の原稿をめぐり、内縁の妻と遺族がその権利を争っているという、現実もミステリのような話。
私もランキング発表前に第二部の途中まで読んでいた。確かにおもしろい。
本国スウェーデンでは既に映画化されていて、日本でも第一部が公開(関西は一月下旬)されるというので、早速試写を観てきた。
二時間三十分超の上映時間だが、二冊で八〇〇ページほどの小説を先に読んでいると、原作の世界を一本の映画に詰め込むのはやはり無理があると感じた。
もっとも、それはこの映画に限らない。映画ならではの表現に昇華している作品もないではないが、基本的には映画が原作小説よりいいということは少ない。
だからここでそんなことを言いたいのではなくて、まず思ったのが、そもそも原作を読んでいない人はこの映画で物語の筋がちゃんとわかったのだろうかということ。
そして自分がもし原作を読んでいなかったら、映画だけでこの物語をおもしろいと感じるかどうかわからないということ。
この「わからない」は、おもしろくないという意味の反語ではなく、本当にわからないという意味だ。
私は「水菜の漬物でお茶漬け」がこの世で最もおいしい料理(?)だと思うし、中華よりも和食が、濃厚なソースの舌平目ムニエルより寒ブリの刺身のほうがおいしいと思う。
でも、好みは別にして、それは私が日本に生まれ育ったことを抜きには考えられない。
自分がそうではない立場で物事を想像することは難しい。
そんなあたりまえだけれど忘れがちなことと、「寒ブリと、水菜の漬物でお茶漬けが食べたい」ということを、私はこの映画を観ながら考えていた。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)