エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【245】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2009年4月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
『安部公房全集』(新潮社)がようやく完結した。
全三十巻、一巻から順に刊行され、二十九巻の配本が2000年12月のことだったから、この間、八年ほどのブランクがあった。
この全集がユニークなのは、ひとりの作家の作品が完全編年体で編集されているというところ。
小説、戯曲、詩、随想、対談、未発表原稿、創作ノート、書簡など、すべてが書かれた順に並べられている。
巻ごとにジャンル別で、あるいは単行本収録作品としてまとまった形では収められていない。
つまり、安部公房がそのときどきに関心を持ち、考え、生み出した表現を読者はそのままの順でたどることができるというわけだ。
まるで彼の頭の中を覗(のぞ)くように。
そして、このほど発売された最終第三十巻にはCD―ROMが付いていて、安部公房による自作解説の録音や、写真作品などが収められている。
さらに、全三十巻の総目次から検索ができるようになっている。彼が亡くなったのは1993年だが、遺作がフロッピーディスクで発見された日本で最初の著名作家らしい試みと言えるだろう。
彼自身、自動車やカメラ、電子楽器などにマニアックなところがあったが、そんな安部公房のファンとしては、CD―ROMはもっと凝ったものにして欲しかった。
もちろん、検索は全文からできるように。それは究極の「安部公房表現辞典」であり「安部公房連想辞典」「安部公房アフォリズム集」になっただろう。
語彙の使用頻度やその変遷などから、意外な発見ができたかもしれない。
また、書籍に掲載しきれなかった、小説の様々な異本はCD―ROMに初出誌面の画像データで収録すればよかったのだ。
画像データとしては他にも、直筆原稿や創作ノートなどをそのまま見ることができるようにしてもらいたかった。
音声データは、安部公房自身がシンセサイザーで録音した演劇のための舞台音楽も収録して欲しかった。
それらは音源のみのデータもマルチトラックで収録し、PCの仮想コンソールでミキシングできるようにすれば、さらにおもしろくなっただろうに。
安部公房スタジオの演劇パフォーマンスの動画も収録して欲しかったなあ。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)