エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【232】|MK新聞連載記事

よみもの
エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【232】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2008年9月16日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

久しぶりに、温泉に行ってきた。
和歌山県の川湯温泉。河原をスコップで掘れば、そこが湯船になるということで知られる、山間の小さな湯の街である。いつものことで、鉄道と路線バスのひとり旅。
京都から新宮まで特急スーパーくろしおで四時間半。路線バスで一時間の行程だ。

時間はたっぷりある。前の晩、鞄に入れていく本を選ぶ。小難しい評論やノンフィクションよりも、やはりエンターテインメント小説がよい。あれでもないこれでもないと、本を選ぶ時間も楽しいもの。
なのに結局、旅のあいだに本はそれほど読まなかった。
列車が市街地を走っているときや、乗り継ぎの待ち時間、夜に宿で少し読んだぐらいで、あとは車窓の風景を眺めながらずっと音楽を聴いていたのだ。

そう、iPodと、BOSEのノイズキャンセリングヘッドホンQuietComfort3(QC3)である。この両者が存在しなかった時代の旅にはなかった、車窓を眺めながら「快適に」音楽を聴くという新鮮な快感が、今のひとり旅にはある――少しばかり大袈裟に言えば、そんな感じだろうか。
カセットテープのウォークマンの時代も、CDやMDの携帯プレイヤーの時代も、旅にそれらを持って行こうなどとは、考えたこともなかった。
たくさんの曲を持っていくには荷物が増える。荷物が増えるのは、旅にとって致命的である。また、ヘッド(イヤ)ホンで耳をふさぎ、列車の騒音にかき消されないほどの音量で音楽を聴くというのは、「旅の開放感」を身体感覚として損なってしまうからだ。

ところが、QC3は、周囲の騒音を抑えてくれるから、音楽を適度な音量で聴ける(そうすれば音も漏れない)。音質もそれなりによく、装着感は軽く違和感も少ない。
iPodとQC3のコンビが、音楽もまた旅の楽しみにしてくれた。
もっとも、新宮での乗り換えの待ち時間に駅前をぶらぶら散歩して、新古書店を見つけるとそそくさと入り、荷物になるからよせばいいのに、百均コーナーで旺文社文庫のちょっと珍しい本を三冊発見して買ってしまい、ご苦労にも旅のあいだじゅう持ち歩いた……
とまあ、私にとって、相変わらず「旅といえば本」ではあったが。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

この記事が気に入ったらSNSでシェアしよう!

関連記事

まだ知らない京都に出会う、
特別な旅行体験をラインナップ

MKタクシーでは様々な京都旅コンテンツを
ご用意しています。