エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【229】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【229】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2008年8月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

昨年亡くなった河合隼雄さんが、四年ほど前のインタビューで(当時、文化庁長官)、次のように話されていた。
その頃の日本はまだ、バブル崩壊後の長引く不況下にあった。

「不況」は英語で〈depression〉というが、河合さんの専門である臨床心理学では、〈depression〉は「抑鬱症」のことを指すという。
抑鬱症は薬によって一時的に治っても、心のケアという根本的な治療がなされなければ再発する可能性が少なくない。その薬にあたるのが経済政策であり、心のケアにあたるのが文化行政である、と。

先日、大阪大学の鷲田清一総長が、「大阪がかつてのような力を失ってきている」ことについて話をされているのを聞ききながら、この河合隼雄さんの言葉を思い出した。
鷲田総長も、場当たり的に緊急対策のような手を打つのではなく、覚悟を決めて長期的な時間の中で「大阪ならではの力」を取り戻さなくてはならないと言われた。そして、それは他でもない文化である、と。
鷲田総長の専門は臨床哲学。つまり、お二人の専門には「臨床」が共通する。
臨床とは言葉を変えると、自らの理論を抽象的にこね上げるのではなく、患者など相手の立場に立って実際に治療したり、あるいは現実社会の個別的な事例や問題を出発点にして思考するということであろう。

大阪は今何をしなければならないのか、全国一律の抽象的な価値観ではなく、大阪の人や街、歴史、そして未来の声にじっと耳を傾け、そこから「治療」を開始することだろう。
実は、京都生まれ京都育ちである鷲田総長は、詳細な京都ガイド本であり文化論、都市論でもあるその著書『京都の平熱 哲学者の都市案内』(講談社)で、京都は「着倒れ」ではなく「気倒れ」だというユニークな説を紹介している。
それにならって言えば、独自の力を取り戻さなければ、このままでは大阪は「食い倒れ」ではなく「悔い倒れ」になってしまう。
ヒト・モノ・コト・カネが東京に一極集中している今の日本、これはひとり大阪だけでなく、京都を含め、すべての地方が抱える問題と言えるだろう。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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