エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【187】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【187】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2006年11月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

本を紹介するときの決まり文句に、全世界で「聖書の次に読まれている」というのがある。近年の例では、ハリーポッター・シリーズがそうだろうか。
同じファンタジーなら『指輪物語』が先輩格。ミステリならアガサ・クリスティー作品がよくそう言われる。映画でも根強い人気の小説『風と共に去りぬ』なんかも、そう。渋いところなら『ドン・キホーテ』。他には『アンネの日記』や『星の王子さま』などが挙げられる。

こうして改めて見てみると、統計的に聖書に次ぐ第二位、あるいはそれほどの規模で読まれているというよりも、そう言われることがいかにも似合うカリスマ的作品が並ぶ。今挙げた本に勝るとも劣らない古典やロングセラーは他にいくらでもあるのに、そのどれもが「聖書の次に読まれている」とは言われないところが興味深い。
誰かが実際に数えて言ったわけでもないのに、聖書の次に読まれていると「言われている」と伝聞を繰り返し、拡大再生産する伝言ゲーム。いや、それならまだまし。自称「聖書の次に読まれている」本も少なくない。最近では『「原因」と「結果」の法則』。何てあつかましいのだろう。こうなると、「言われているのだそうです」と、さらに「のだそうです」を加えて紹介するしかない。

また、北欧家具販売の世界的企業IKEAのカタログを「聖書の次に読まれている」と紹介している記事を読んだことがあるが、それ自体は、「聖書の次に読まれている」という言い回しに対するパロディ表現と取れないこともない。
いずれにせよ、世界=キリスト教世界という自己中心的な発想としか言いようがない決り文句だが、キリスト教を信仰していない者まで何も同じ基準で物事を認識することはない。決まり文句なんだから、必ずしも厳密に言葉通りとは限らないのだから「堅いこと言わないで」と思う人があるかもしれないが、考え方を規定する言葉というものをあなどってはいけない。

そもそも、聖書が世界で最も読まれているという前提からして「本当にそうなのだろうか」と疑問に思うことは(結果として、実際にその通りかどうかは別にして)、インターネット上に大量の「伝聞」が流通するこの時代に大切な姿勢ではないだろうか。

 

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MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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