エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【314】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【314】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2014年6月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

丸山健二『惑星の泉』(求龍堂)を読んだ。
1987年に刊行された長編小説だが、今ごろ手に取ったのは、昨年出版され話題になった『安部公房とわたし』(講談社)という手記がきっかけだった。
女優の山口果林が綴ったものだ。

彼女が23歳年上の安部公房に初めて会ったのは1966年、18歳のとき。
果林という芸名は彼がつけた。1993年1月に公房が彼女のマンションで倒れ、搬送先の病院で息を引き取るまで、世間で言うところの愛人という存在だった。
安部公房の小説を高校時代から愛読している私は、彼の知られざる一面を生々しいエピソードの数々で明らかにしているこの本を興味深く読んだが、それはともかく、その中に『惑星の泉』に関する言及があった。
「滅多に他人を褒めない安部公房だったが、その作品には感動したようだった。作者にその気持ちを伝えたいと、わざわざ新潮社に電話して連絡先を聞き出した」。
ところが、「誰ですか、あなた?」というような丸山健二の素っ気ない応対に公房は気分を害したというのだ。
「安部公房も自分が名乗れば、相当の敬意をもって対応されるはずだという思いこみがあった」のだろうと彼女は記している。
「『孤高の人』丸山健二らしい」とも。

このエピソードを読んで、あの安部公房がそこまでした小説を是非読んでみたいと思ったのだ。
丸山健二については『千日の瑠璃』を、1992年の発表当時に読んで感動し、しばらくフォローしていたが、その作品は読んでいなかった。
敗戦直後の日本の原風景と再生をとある地方の少年の目を通して描いた詩的な小説。
いつもながらの丸山健二節で、確かにおもしろいのだが、この作家の中で上位の作品とは言えないと思った。
今となっては、バブル景気の入り口でこの物語が出版されたということが興味深い。当時は、どのように受け止められたのだろうか。

『安部公房とわたし』を読んで『惑星の泉』を読んだ人は私の他にもたぶんいるに違いない。
本の楽しさはこういうところにもある。七年前に再刊した本がこのタイミングで何冊か相次いで注文された出版社は、どこでどう本が紹介されたのか当初は見当もつかなかったのではないか。

 

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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