エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【198】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2007年4月16日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
いまどき一円で買えるものなど、まずない。昭和の駄菓子屋で一枚一円の塩せんべいが買えなくなってからというもの、今日まであいかわらず一円玉一枚で買えるものと言えば、一円切手ぐらいのものではないだろうか。ところが、二十一世紀に入ってもう何年になろうかという今、一円で買えるものが身近で見られるようになってきた。それは何か。ほかでもない、われらが古本である。
インターネットで注文を受け、商品を宅配する新刊書店アマゾン・ドット・コム。今ではCDやDVD、家電製品など、いろんなものを販売しているが、そのひとつに「マーケットプレイス」という古本を扱うシステムがある。要は、購入希望者と販売希望者の仲介をして手数料収入を得るという仕組みである。
販売者は古本の売り値を決め、あらかじめアマゾンに登録しておく。購入者が欲しい本をアマゾンで検索すると、その結果がリスト表示される際、新刊だけでなく、古本が登録されていれば、その情報も同時に知らされる。購入者は新品が欲しければ新品を買えばいいし、読めれば古本で安いほうがいいという人は古本を買えばいい。もちろん、その本が版元で品切れ、絶版になっていれば、逆に古本が高価な場合もある。
マーケットプレイスの説明に多くの字数を費やしてしまったが、肝腎の「一円の話」はここからである。最近、このアマゾンの古本価格が文庫や新書を中心に一円のものが増えてきているのだ。私もすでに何冊か一円で買ったのだが、「価格:一円(税込)」などと書かれた納品書がわざわざ添付されていた。
なぜそんな商売が成立するのか。答えを先に言ってしまえば、マーケットプレイスの送料はアマゾン側で一律一冊340円と設定されているのである。つまり、メール便などで仮に120円で配送できる契約を宅配業者と結んでいる古本販売者は差額の220円を売り上げ金とみなして計算することができるというわけなのである。
古本を少しでも安く買えるのは、本好きにとってありがたいことだけど、商品価値が事実上ゼロで、業者による送料の差額だけで商売が成り立つこの経済社会ってどうなの?と考えてしまう。しかも、その存在価値を無視された商品がよりによって本とは……。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)