アメリカ反戦兵士たちに寄り添うために⑥『戦争とトラウマ』他から|MK新聞連載記事

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アメリカ反戦兵士たちに寄り添うために⑥『戦争とトラウマ』他から|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、ジャーナリストの加藤勝美氏による連載記事を掲載しています。
MK新聞2019年6月1日号の掲載記事です。

アメリカ反戦兵士たちに寄り添うために⑥中村江里著『戦争とトラウマ』闘う女性精神科医ジュディス・ハーマン

組織的資料焼却と隠匿

この連載記事の執筆過程で日本兵士のトラウマについて書かれた本があることを知る機会があった。
著者は1982年生まれと大変若い研究者である。刊行は2018年1月(吉川弘文館)。
著者によると、日本で、トラウマやPTSDに関する「共有知」が形成されたのは1995年の阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件だったと言われているという(2ページ)。
しかし、戦前1931年の満州事変から始まるアジア・太平洋戦争で、「戦争神経症」「戦時神経症」が関心事となって、1938年に国府台(こうのだい)陸軍病院が精神神経疾患となった軍人の専門機関となり、1940年に精神障がい者の長期療養のために傷痍軍人武蔵療養所が設立された。

そしてついこの間、2014年に集団的自衛権が閣議決定されたが、池川和哉は「陸上自衛隊のとるべき戦争神経症対策」という論文のなかで「旧日本陸軍では、戦死がこの上ない名誉と考えられていたため、生物として持つ生命維持への恐怖を最小にし、結果として欲求不満を最小にする状況であったため、実際の精神神経症患者が少なかった」と述べている(2002年)ことに触れて、次のように問題点を挙げている。
① 戦争によって心身が被った被害を単なる数値に還元するだけでは、一人一人の人生にどのような影響を及ぼしたのかという具体像が見えてこない。
② 戦争被害のデータと質という点では、戦中・戦後の組織的な資料焼却と隠匿によって、旧日本軍の戦傷病の全体像を示す統計すら残されていない。
③ 戦争の歴史叙述や、その根拠となる資料へのアクセスは長らく一般市民に対して閉ざされてきた。また、米軍によって押収され、1958年に返却された資料も、返還先の防衛研修所戦史室(現在の防衛省防衛研究所戦史研究センター)が独占し、1980年代まで所蔵資料を閲覧できなかった(3ページ~)。

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著者はまた自衛官の心身にもたらされるリスクについても述べている。
2015年5月27日の「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」での政府答弁では、イラク特措法に基づいて派遣された自衛官のうち54名が帰国後に自殺したが、海外派遣との因果関係を特定するのは「困難な場合が多い」とされている。
こうした問題に対処するため精神科医・精神保健福祉士・臨床心理士・看護師らからなる「戦争ストレス調査研究ネットワーク」(猪野亜朗・奥田宏共同代表)が2017年2月3日に設立記者会見を行っている(5ページ)。
なお、精神障がい者用療養所として肥前療養所もつくられたが、病棟の完成は1945年8月末で、戦時中は患者を受け入れていなかった(83ページ)。

本書の第四章が「アジア・太平洋戦争と元兵士のトラウマ 地域に残された戦争の傷跡」と題されているが、戦時中に軍隊での精神疾患が注目されたにもかかわらず、戦後の陸海軍解体とともに関心は消失したという。
この章で分析されている資料は公文書館で保存・公開されている戦後の精神病院の入院記録と、戦争体験者を診察した医師の証言を用いている(263ページ)。
その内容は簡単に要約できるものではなく、割愛する。以下は著者が紹介している関連文献の一部(294ページ)。

  • 吉永春子『さすいらいの〈未復員〉』筑摩書房、1987
  • 清水光雄『最後の皇軍兵士―空白の時、戦傷病棟から』現代評論社、1985
  • 樋口健二『忘れられた皇軍兵士たち』こぶし書房、2017
  • 清水寛編著『日本帝国陸軍と精神障害兵士』不二出版、2006
  • 毎日新聞東京版2009年5月21日1面「対テロ戦参加 米兵自殺率倍増」、8面「毎月1万人のペースで初診患者 病院に殺到する帰還兵」「終わらない従軍 兵士に重圧」、9面連載「テロとの戦いと米国」①再びイラク苦に25歳自殺
    同5月22日②治療中再従軍。8面「孤独な帰還兵 PTSDで勉強続かず」
    同5月23日③障害認定早く 市民団体提訴
    同5月24日④軽視される帰還兵支援予算
    同5月26日⑤脳損回復期間 過小評価に警戒感(以上の連載執筆は大治朋子記者)。

ほくそえむ加害者

以下の記事はもともと予定されたものではなかった。
前号で紹介した『心的外傷と回復』に増補版があり、そこにPTSDについての新しい知見が盛られているかもしれないと考えた。
1997年2月に書かれた増補の文章は僅か14ページに過ぎないのだが、そこに込められた、煮えたぎると言っていいジュディスの闘争心に引き込まれてしまった。
何との闘いか? 彼女は冒頭でこう述べる。

「『心的外傷と回復』を執筆した当時の私の大望は過去数百年間、周期的に忘れられては発見しなおされた知識の総体を提示することであった。私たちの領域は、いくら学問の経験論的基盤が堅固になっても、なお、永遠に論争に挑まれ、付きまとわれるであろうと予言したが、それは、過去において主な発見をも忘却に引き渡したのと同一の歴史的諸勢力が、現在も世界中で活動し続けているからである」。
「本を出して五年経った。その間に暴力の犠牲者は何百万人ふえたことだろうか。一般住民を含む大規模な残虐行為が犯されて、心的外傷が実に世界的規模の現象であるという認識が育っていった(380ページ)。」

そして予言通り、外傷を受けた人々の側に立つ臨床家、研究者、弁護士は激しい攻撃を受けているが、目下のところ、活発な抵抗は消えてなくなってなどいない(381ページ)。
だが、過去5年の間に外傷性ストレスの試みは広がり、PTSDがあるか、ないかという初歩的な問題は論じられなくなった。
この分野での最も素晴らしい進歩には、高度の技術を用いた生物学的な面の実験研究に由来するものがある。
「外傷にさらされると、内分泌系、自律神経系、中枢神経系に永続的な変化を起こし得ることが明らかとなった。…特に大脳の扁桃核と海馬に異常が発見されているが、これらは恐怖と記憶とを連結する脳構造体である」(382ページ)。

ハーマン・ルイス・ジュディスさん(1942年~)
ハーマン・ルイス・ジュディスさん(1942年~)

こうした発見などを踏まえて、ジュディスは外傷性ストレス障害の研究が科学的研究の主流内に完全な市民権を獲得する方向に向かいつつあることを歓迎しながらも、次世代の研究者は、「かつて最も創造的な研究者の多くを発奮させた知的・社会的参加の情熱は持ち合わせていないだろう。いささか心配を覚える理由は、心的外傷という統合的概念とその文脈的理解とが失われるのではないか」を「憂慮」している(384ページ)。

そして改めて訴える。「外傷被害者との共同作業的関係は依然としてPTSD治療の礎石である。人間的なつながりを取り戻させようという原則と、仲介者役をつとめようという原則とが、回復過程の中心であることに変わりはなく、治療技術がいくら進歩しても、技術で置き換えられるものではなかろう」(385ページ)。

そして、戦争と集団的暴力が頻発している状態を念頭に、怒りの言葉を発する。
「被害者は、傍観者の無関心と受動的態度によって傷つけられている。またしても、残虐行為の加害者は世界の面前でほくそえんでいる。少なくとも最悪の残虐行為に責任がある者を法の前に立たせる必要がある。正義が行われる見込みが全然ないならば、出口を失った被害者集団の怒りはじくじくと膿みただれながらつづき、時間による癒しを全然受けつけないものになるだろう」(387ページ)。

実際、代替わりと十連休で沸き立っていた最中、毎日新聞はコンゴ民主共和国について「紛争下 性暴力の闇」「世界が知らぬ悲劇」「多数の女性レイプ被害」を大きく伝えた(2019年4月29日1面と3面)。

ジュディスの告発は続く。
「政治的大犯罪の加害者は説明責任を負わされる可能性に直面すると、しばしばとんでもなく攻撃的になる。…またしても医学や心理学の権威がしゃしゃり出て、被害者とは自分自身の心を知らないほど弱く愚かなものであるという見解」を述べる。
「魔女狩りだ!」という声が上がる。「被害者と治療者の信憑性に対する異議申し立ては法廷で若干の成功を収めている。何人かの成人女性が証言台に立つことを拒否され、彼女らの心は精神療法によって汚染されているおそれがあるとざれた」(393ページ)。
ジュディスはそれでもひるまない。「外傷の弁証法が再び演じられつつある。心的外傷の被害者に耳を傾けた者が戦いを挑まれるのは、歴史上これが初めてではないことを思い出そう。
被害者と加害者との間の闘争には道徳的中立という選択肢はない。被害者の側に立つ者は、加害者のむきだしの怒りに直面せざるをえない。
これは避けられないことであるが、私たちの多くにとって、これ以上の名誉があろうか」(394ページ~)という、“闘争宣言”でこの補稿を結んでいる。
その日付は1997年2月、今も全世界でそうした闘いは続いている。

(2019年5月6日記)

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フリージャーナリスト・加藤勝美氏について

ジャーナリスト。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。

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1985年10月10日号~1999年1月1日号 「関西の個性」(39回連載)
1997年1月16日号~3月16日号 「ピョンヤン紀行」(5回連載)
1999年3月1日号~2012年12月1日 「風の行方」(81回連載)
2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)

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