エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【192】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2007年1月16日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
書店に行くと、「弱肉強食の時代」を論じる本が溢れている。「格差社会」という言葉で人々の劣情を煽りたてる本が出される一方で、「格差なんてない」や「日本は他国と比べてまだまし」などという横暴な言論がまかり通る。
もちろん、人間は野生動物ではないのだから、弱肉強食の世界である必要はまったくないし、「平等」社会が実現するならその方が望ましい。が、現実的には、もしも最低辺の人々の生活が十分に豊かなものなら、それ以上の大金持ちが存在する「格差社会」であっても仕方がないとするしかないのかもしれない。
ところが実際には、自家用飛行機を乗りまわし、高級住宅で有り余るモノに囲まれて過ごす人がいる一方で、職に就けず日々の暮らしに不自由する人や、今はどうにか生活できているが将来に不安を持つ人が少なくない。このような、人間の尊厳を蔑ろにするような社会が無条件に肯定されていいはずがない。
しかしそうは言っても、他者との「差」に執着すると、人は永遠に満たされることのない泥沼に陥ってしまうというのもまた、ひとつの真理ではないか。どれほど平等な世の中であっても他者との「差」がなくなることはないし、いや平等であれば平等であるほど、人は他者との「差」を見出し不満を持つ。ましてや、この「格差社会」。他者との「差」に意識を向けている限り、自らの心を安らかに保つことはできない。このことは多くの先人が教えるところだろう。
私たちにとって大切なことは、愚かな政治や歪んだ社会を変革するために自分の頭で考え行動することと、その一方で、自分を見失い他者との「差」に執着する劣情に身をまかせるようなことはしない、ということではないだろうか。
人はみな特別な存在であり、他者と比較する必要も競う必要もないと唄う歌謡曲が何年か前に人々の多くの共感を得て世代を超えた大ヒットとなり、時代の名曲として今も歌い継がれているが、その一方で「格差社会」あるいは「勝ち組と負け組」という相対的な価値観で自他を位置付けようとする人々。現代人は、この二つの価値観の間で押し潰されているのか引き裂かれているのか、ストレスのレベルを今日も自らつり上げている。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)