エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【195】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2007年3月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
はるばる姫路文学館に行ってきた。永田耕衣文庫を訪ねたのだ。
耕衣は加古川出身の俳人で、その世界では異端とも言われる独自の作品世界を持った、知る人ぞ知る存在だ。人気作家の城山三郎が執筆した耕衣の評伝『部長の大晩年』(新潮文庫)でご存じの方もおられるだろう。1997年に97歳で亡くなったから、ちょうど没後10年ということになる。いくつか代表的な句をあげてみると――。
〈少年や六十年後の春の如し〉
〈夢の世に葱を作りて寂しさよ〉
〈かたつむりつるめば肉の食ひ入るや〉
〈死螢に照らしをかける螢かな〉
〈恋猫の恋する猫で押し通す〉
文学館には耕衣の旧蔵品約五千点が収められている。全句集、著作はもちろん、句帳や日記、ノート、自身の筆による書画、集めた書画、愛用品、蔵書などだ。通常は展示されていないが、研究などの目的で事前に申し込めば閲覧できる。
それまで写真でしか見たことがなかった稀少な初期の句集や、風化して今にもボロボロと崩れてしまいそうなワラ半紙にガリ版印刷された、耕衣主宰の結社誌「琴座」創刊号(1949年1月)などを実際に手にとって見せてもらった。
特に興味深かったのが句帳。同じ語句を使用した少しずつ異なる類似の句がいくつも記されていたり、書き込みや修正などの推敲過程が残されたりしていて、創作の秘密と、耕衣俳句が誕生する瞬間を垣間見ることができた。
他に、親交の深かった棟方志功が、耕衣の十七句を版画に自ら手刷り手彩色を施した句集『猫の足』(1948年)も見せてもらった。五部しか摺られなかったもので、姫路文学館が現存を確認しているのはこれ一冊のみの貴重なもの。
ところが先日、梅田の古書店街かっぱ横丁のある店のショーウインドーに、新たに見つかった『猫の足』が売りに出されていた。売値は185万円。この値段は高いのか安いのか。ブランド物の300万円の腕時計や、わけのわからん壺や毛皮の敷物を買うお金があるなら、私なら絶対この句集を買うが、腕時計を買う人にしてみたら、185万円の本のほうが「わけわからん」。ごもっとも。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)