エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【169】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2006年2月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
株式市場が活況を呈している。と思っていたら、ライブドアショック。「個人投資家」という言葉が連日飛び交っているが、「家」というほどのこともない。「世界一やさしい」だとか「サルでもわかる」と謳う入門書を片手のプチ・ギャンブラー。このような言い方が失礼だというなら、書店を覗いてみればいい。そこでもマネーゲーム市場が活況を呈しているから。
「一億円儲けた」「らくらく必勝法」……大量に出版され、所狭しと店頭を飾る株の本やムック。「最新の注目銘柄」「この株を買え」……毎日発行される有名無名の数えきれないマネー雑誌。そして一般雑誌の投資関連記事。ある一日の書店に並んでいるムックや雑誌に限っても、延べにして上場企業数を超える「推奨銘柄」が挙げられているのではないか。
開示された財務情報で業績の良し悪しや企業価値は概ね客観的な見方ができるはずだが、専門家によって独自の分析や予測、また様々な相場観、投資スタイルがあるから、注目銘柄は人によって異なる。上場企業数を遥かに超える何倍もの推奨銘柄がムックや雑誌で紹介されるなら、極論すれば、上場企業すべてが推奨銘柄になってしまう。
そんなことならムックや雑誌を参考にして購入銘柄を決める意味がない。膨大な量のネット情報を含めるならなおさらだ。どの株を買えばいいか自分で決められない人が、推奨銘柄を教えてくれるムックや雑誌を選ぶことそれ自体が「当てもん」みたいなもので、ダーツを投げて当たった株を買うというギャンブルを、ただ間接的にしているに過ぎないのではないか。
具体的な銘柄だけでなく、「必勝法」も人の数だけある。最悪なのは、たまたま儲かった初心者が「私はこうして勝った」という経験則を綴った本。諸行無情のこの世の中で、過去と同じやり方が同じ結果を生むはずがない。実験室の中で行なわれる再現性のある科学実験じゃあるまいし。
そもそも、昨年は日経平均株価が40%上がったという。つまり、何も考えずに適当に株を買っても、預貯金の何十、何百倍の利益を得ることぐらい、誰にでも高い可能性があったわけだ。相場師としての才能があると勘違いした人の恥ずかしいタイトルの本が次々と出版される風潮こそが、まさにショックである。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)