エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【333】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【333】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2016年1月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

辞書である語を調べたあと、その見開きページを眺めていたら、「たゆら」という語に目が留まった。
「語義未詳」とあったからだ。
もっとも、続けて「揺れ動いて安定しないさまの意か」と記している。
形容動詞。用例は万葉集から挙げている。
「筑波嶺の岩もとどろに落つる水よにもたゆらに我が思はなくに」
辞書は『大辞泉』第一版(小学館)。
念のため『新潮国語辞典』新装改訂(新潮社)で「たゆら」を引いてみると、「水などを満ちたたえているさま。たっぷり」とだけある。
語義未詳とは記していない。用例は万葉集の同じ歌だ。

いきなり、異なる意味を示す辞書に当たり、ちょっと楽しくなった。
それで、他にも『古語林』など、手持ちの範囲でいくつか引いてみたが、どれも「揺れ動いて安定しない」と同様の解説であった。
いずれも「語義未詳」なし。用例もすべて同じであった。

『大辞泉』は、「たゆら」には異説があるのでまず「語義未詳」として、それから主流の説を示したのだろう。
他の辞書に見られない“慎重な態度”ではないか。
確かに、万葉集には解釈が異なる語は他にもある。
枕詞にも、なぜそう掛かるのかがわからないものがある。

それで、CD―ROM版『広辞苑』第五版(岩波書店)には「語義未詳」の語がいくつあるか調べてみることにした。
全文検索できるから。電子辞書ならではの利点だ。
結果は、あまい・いなうしろ・えばやし・そりたつ・つくほる・におてる・わわらば――の七語が語義未詳で、推測される語義を示している。
用例は、古事記などからもとられていた。

私たちは語の意味がわからないとき、辞書を頼りにする。
でも、実は辞書にも意味がはっきりとはわからない語があるのだから、言葉って、おもしろい。
収録語数に限りのある辞書に、意味がわからない語をわざわざ載せなければ、辞書にもわからない語があるということがバレなくてすんだのに。
でも、万葉集という皆に親しまれている古典に用例があるのだから、そうもいかない。
先人から連綿と伝えられた言葉の遺産なのだから。

「語義未詳」――辞書を引いてこの四文字を目にすれば、少なくとも、引いた語の意味が不明だということを知ることができたわけだ。

MK新聞について

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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