エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【250】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2009年6月16日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
『「意識」を語る』(スーザン・ブラックモア著、山形浩生・守岡桜訳、NTT出版)は、「意識とは何か」に関する研究者へのインタビュー集を翻訳したものだが、紙幅の都合で全訳から四人分が割愛されている。
この日本語版も二段組で350ページほどあるのだが、原書はもっと分量が多いらしい。
そこで、この出版社は、書籍に掲載しきれなかった分の原稿をPDFファイルにして、インターネットのサイトからダウンロードして読めるようにしている。
これは、なかなかいいアイデアだと思う。
購入者だけがサイトにアクセスできるように、目次に小さな文字でURL、ユーザーID、パスワードを記しているのだ。
また、訳者も「訂正および追加情報などは、サポートページ」で随時公開するとして、巻末の解説に明記している。
誤植や訂正の正誤表を著者のサイトに掲出している本は他にもある。
例えば、『慣習と規範の経済学』(松井彰彦著、東洋経済新報社)など。
建前では、誤植や訂正のあること自体が問題だろうし、もちろん、ないに越したことはない。
が、現実には誤りのない本はほとんどないと言っていい。
だから、正誤表が付いていない本には誤植や訂正がない、というわけでは、必ずしもない。
単に誤りが見つかっていないか、出版流通の関係で正誤表を添付する機会がないか、その気がないかだろう。
また、初版のみで、重版されることのない本が多いため、刷り増しの際に訂正されることもない。
サイトを通じた訂正だけでなく、内容に関する質問を受け付け、公開でそれに答えたりしている著者も中にはいるようだ。
インターネットを利用することによるこれら様々な読者への対応は、言わば本のアフターサービスということになろうか。
出版不況下、活字離れ、コストや流通などの難しい条件の中で本を売るためには、紙に文字を印刷するという古いメディアながら、新しい技術を積極的に利用することで、少しでも「カイゼン」する必要があるということだろう。
いや、より多く売るためというより、よりよく本が読めるように。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)