エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【243】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【243】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2009年3月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

松田道雄による名著『定本 育児の百科』は現在、岩波文庫に入っている。全三巻本で、この程ようやく完結した。
「ようやく」というのは、2007年の12月に上巻、2008年1月に中巻が発売されたものの、同年2月の下巻発売直前になって、巻末に解説を付けていなかったことに出版社が気づき、発売が延期されたと報道されていたからだ。
結局、発売までにちょうど一年が過ぎたわけだが、今年の2月に発売された下巻を書店で立ち読みしてみると(私は大型本を持っているので)、一年もかけた割には「文庫本の解説」らしい解説はなく、著者の過去の文章からの引用を編集部がまとめて「解説に代えた」だけだった。

『育児の百科』の元版(大型本)の初版は1967年の発行。
「新版」「最新版」「定本」と改定されながら三十数年にわたって読み継がれ、150万部を超えるロングセラーとなったが、その後、長らく絶版となっていた。
この本の絶版に対しては岩波書店の「良識を疑う」という非難の声がインターネットのサイトやブログにいくつも書き込まれた。
当然ながら、本を求める人は後を絶たず、ネットオークションやネット書店アマゾンの古書価は定価の二、三倍の値がついていた。

このような背景の下で文庫化がなされたわけで、再版を待ち望んでいた人に歓迎されると思いきや、文庫版は大型本の「子どもの病気」の章が割愛されていたから、これまた非難の対象になっている。
こんな『育児の百科』をめぐる「騒動」を眺めていると、この本がいかに人々に愛されているか、社会的な文化遺産として、もはやひとり出版社のものではなくなっているということがわかる。
私もこの本を初めて読んだ時は、「誕生から1週まで」の章の冒頭に「父親になった人に」という項目がまず一番に掲げられていることに驚いた。
育児について書き出しが、父親に向けたアドバイスとは!
折しも、下巻発行日の翌日、NHKテレビ『私の1冊 日本の100冊』で鷲田清一さん(臨床哲学者)がこの『育児の百科』を「私の一冊」として取り上げていた。
その選択のセンス、この本を紹介する誠実な語りに親近感が増した。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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