エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【225】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2008年6月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
京都の街は今、「源氏物語千年紀」で盛り上がっている。
この源氏物語の魅力のひとつは、文字通り千年にわたって読み継がれてきたという「読み」の厚さと言えるだろう。
もちろん、源氏物語そのものがおもしろいのは言うまでもないが、膨大な量の評論や、源氏物語を題材にした、あるいは物語から派生した数々作品が、文学にとどまらず多様にあることも魅力となっている。
プルーストの「失われた時を求めて」もまた、そのような作品のひとつ。さすがに千年とまではいかないが、またフランス文学だから日本語で読めるものは限られるが、今日でも相変わらず関連書籍が出版され続けている。
新刊の『消え去ったアルベルチーヌ』(光文社古典新訳文庫)は、かなりマニアックな企画。
プルースト自身が生前最後まで原稿に手を入れていたという第六篇のテキストで、一般的に日本で流通し読まれているバージョンとはかなり異なっている。
原稿量も半分以下に短く刈り込まれ、なんと!最終第七篇「見出された時」にうまくつながらない。
これでは私たちが知ってる作品そのものが成立しないという問題の版だ。本邦初訳。
本国フランスのユニークな翻案コミック版(白夜書房刊)も邦訳出版が開始されて話題になっている。
第一巻には、第一篇「スワン家の方へ」の第一部「コンブレー」を収録。
文庫本で五百ページ近くにおよぶ「コンブレー」をわずか八十ページ弱の絵と吹き出しまたはト書きに短縮してしまうという、まさに暴力的とも思えるアレンジからはむしろ、物語の中途半端なダイジェストよりも、原作の世界が持つイメージを伝えられたらそれでよしとする潔さが感じられる。この五月に第二巻が出たばかりだ。
「失われた時を求めて」は、源氏物語のように誰もが世界文学史上の名作と知りながら、また読んでみたいと思いながら、そして実際に読みはじめたけれど途中で挫折するなどして、読み通した人が意外に少ないのではないか。
源氏物語をもとにした少女漫画「あさきゆめみし」のように、これを入門書として文学世界に入るのもいいかもしれない。
もう読んだ人には、別の新たな楽しみ方になるだろう。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)