エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【209】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【209】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2007年10月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

来年、2008年は源氏物語の千年紀ということで、ゆかりの地では、記念すべき大きな区切りの年を盛り上げようという気運がたかまりつつある。
ただ、そのゆかりの地については、ひとつだけ以前から気になっていることがある。それは、石山寺のことである。例の、紫式部が石山寺で源氏物語の構想を練ったという伝説、伝承についてである。
テレビや雑誌、観光案内などでは「紫式部は石山寺で源氏物語の構想を練ったと伝わる」「構想を練ったと言われている」「練ったとされている」が、終には「紫式部は石山寺で源氏物語の構想を練った」に。あるいは「紫式部は石山寺で源氏物語を起筆したと言われている」が「石山寺で起筆したそうです」、さらには「石山寺で起筆した」と、いつもの伝言ゲームが繰り広げられている。
「と伝わる」「と言われている」「とされている」「だそうです」などに大した意味はなく、「紫式部が石山寺で源氏物語を書いた」というイメージだけが長い年月をかけて少しずつ増幅されていく。
そもそもこの伝説は石山寺自身の縁起に記されていること。源氏物語の古注釈書にも記述があるからといって、それだけでは証明にはならない。それも伝言ゲームかもしれないからだ。先見の明があったというか、数百年前からPRが上手だったということだろう。問題は、情報を受け取る側のリテラシーなのだ。

こういう言い方をされると、石山寺にとっては心外かもしれない。でも、石山寺は、「紫式部が月を見ながら源氏物語を創作した部屋」を再現して見せたり、源氏物語の関連資料を収集したりして、源氏物語ファンや観光客の幻想にうまく寄り添っている。
誰もが認める権威ある国文学者で、源氏物語などを専門に研究している方がきっぱりと「あり得ん」という主旨の発言をしたのを聞いたことがある。論証しなければ、否定も断言できないだろうにと私は逆に思ったぐらいだが、要するに、単なる伝承に過ぎず、まじめに論ずるに値しないということらしい。
しかし、たとえ専門家にとってはそうであっても、メディアやインターネットの伝言ゲームをあなどってはいけない。さらにあと数百年もすれば「事実」になってしまうかもしれない。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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