エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【190】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【190】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2006年12月16日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

新刊の『手塚治虫・原画の秘密』(手塚プロダクション編、新潮社)は、原画やボツ原稿、下書きなどから、天才漫画家の創作の秘密を解き明かそうというユニークな本。
原画とは、印刷前の手書き原稿のことで、そこにはホワイトインクの修正跡や原稿用紙の切り貼り跡が残っているから、それを光に透かしてみれば何が消されたのか、どのように描き直されたのかが判る。また、ボツ原稿と採用された原稿を比較すれば、推敲によって強調、省略された箇所が明らかになる。
『ジャングル大帝』のある場面は、新版で単行本が出るたびに加筆修正され、初出から最終版まで六バージョン、二十五年間にわたって試行錯誤が繰り返されているから驚きだ。

小説家の創作ノートや直筆原稿を紹介した本は、これまで数多く出版されている。万年筆で執筆された原稿の途中に引き込み線を入れて書き足したところや、文字の上に線を引いて消したところには、その作家の思考の過程や息づかいが感じられて興味深い。
大江健三郎が小説を執筆しているところをかつてテレビで見たことがあるが、几帳面な性格なのか、修正箇所に同じ原稿用紙を必要なマス目だけ切り抜いて丁寧に貼り付け書き直していたのが印象的だった。

安部公房は作家のうちでワープロを最も早い時期に使い始めたひとりだが、その導入について、原稿用紙にゴチャゴチャと見苦しい修正を手間暇かけてしなくてもよいので作業がエレガントになるという趣旨の発言をしていた。
公房は、『飛ぶ男』という長編小説の創作メモをワープロで書き始めてから雑誌に発表されるまでの八年間に、都合九種類の草稿を書いている。執筆に長い年月をかけ、何度も構想を改めて書き直す彼にとって、この文明の利器の恩恵はさぞ大きかったのだろう。
『飛ぶ男』は結局、公房の死後に遺作として発表されたのだが、遺されたワープロのデータに妻が手を入れていたことが後に判明した。デジタル原稿ならではの新たな文学的問題においても、安部公房は先駆者となったわけだ。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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