エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【189】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2006年12月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
「口で言えないこともメールなら言える」というセリフを聞くことがあるが、私の場合はまったく逆。メールであれ明文化して提出するということは、大げさに言えば、それ相応の覚悟を持った行為だ。
証拠が残らないから口の方が何とでも言えるという意味ではない。自らの言葉に責任を持つという意味では口もメールも同じ。逆に言えば、「メールなら言える」人にとってメールの言葉というのは、口と同様、消え去るものという意識があるのではないか。つまり、ポイントはあくまで面と向かって言えるかどうかにあるのであって、口にせよメールにせよ「言葉を発すること」それ自体にはないのかもしれない。
インターネットの普及によって、サイトで日記や小説を公表する人が増えているが、今でも活字のステイタスは特別で、自分の本を出すことに憧れを持っている人は多い。それだけに、活字にするならいいかげんな文章は載せられないという意識は強いようだ。個人出版でもそうだし、出版社ならなおのこと。ところがテレビ放送は、流れてしまえば仕舞いで、視聴者は忘れてしまうとでも思っているのか、その場限りのことを言うケースが、活字よりも多いような気がする。
思わず笑ったのが、企業の生き残り競争で二番手以下はみな負け組だという趣旨の「一人勝ちの時代」と題したドキュメント。番組の最後には、次週予告で「二大人気ブランド、その秘密」。一週間後にはもう言ってることが違う。
一週間ならまだまし。収納のアイデアを紹介する番組では、洋服を衣装ケースに空間の無駄なく詰め込む方法を紹介しておきながら(丸めて紐でしばって立てる)、CM後の次のコーナーでは、洋服に害虫がつかないようにするには風通しを良くするため、衣装ケースに詰め込み過ぎないのがコツ、と言っている。
いや、CMの前後でもまだましだ。昨日のスポーツニュースでは「競泳男子の金メダリスト、イアン・ソープ、まさかの引退」とアナウンサーの第一声。が、読み上げたニュースは「2004年アテネ五輪以降、病気や意欲低下を理由に主要大会に出場せず、引退がささやかれていました」。それじゃあ、「まさか」じゃないでしょう。今、言ったことも忘れてるよ。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)