フットハットがゆく【272】「一路」|MK新聞連載記事

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フットハットがゆく【272】「一路」|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、塩見多一郎さんのエッセイ「フットハットがゆく」を2001年11月16日から連載しています。
MK新聞2016年7月1日号の掲載記事です。

 

一路

MLBのイチロー選手(背番号51)が、日米通算ではありますが、ピート・ローズ選手の持つMLB最多安打記録を塗り替えたということで、このエッセイを書いています。
僕はイチローのファンで、もうなんか数字にまつわることは51を選び、銭湯のロッカーは51番、仕事で使うコンピューターソフトの加減値は51%に設定、朝起きる時の目覚まし時計は起きたい時間の9分前、○時51分に設定して、縁起を担いでいるほどです。
座右の書はと聞かれれば、山本有三の『路傍の石』と答え、その主人公の名は吾一(ごいち)といいそれは51、山本有三の他の代表作は『真実一路』、それはイチロー、ということも以前ネタにしました。
アスリートで一番好きなのはボクサーの辰 一郎で、この辰とイチローが昔、試合後に接触したシーンが忘れられないという、もともと辰好きが高じてイチロー好きになったという、辰もイチローですし…。

そんな僕が初めて生イチローを見たのは、京都の西京極、プロ野球のオープン戦、阪神vsオリックス戦でした。
まだ交流戦もない時代です。当時の監督が阪神野村、オリックス仰木でした。
試合の終盤、チャンスでイチローに回ったときに、野村監督はピッチャー交代、遠山。
遠山選手は左のサイドスローで、左キラー、あのゴジラ松井も遠山が出てきたらほぼ三振に倒れるというピッチャー。
その左キラー遠山vsイチローなんて勝負は、オープン戦かオールスターでしか見られない勝負なんですね。
球場で見ていた僕は、その日最高潮に興奮しました!
ところがオリックスの仰木監督は、遠山が出てきたら、なんとイチローに代打を出したんです。
公式戦でイチローに代打を出すということはあり得ませんね。
オープン戦だから、開幕前にイチローの調子を遠山に崩されたくないから仰木監督はかわいいイチロー、チームの要のイチローに代打を出した、僕はそう見ました。
京都のファンは大ブーイングです。
野村監督は京都の出身ですから、京都のファンに名勝負をたとえオープン戦でも見せてあげたいと思ったのでしょうが、見事に仰木監督に裏切られました。

その後、オールスターで、仰木監督の采配でイチローがマウンドに登り、野手がピッチャーになったということでめちゃくちゃ盛り上がりましたが、野村監督がその時の打順のゴジラ松井に代打を出し、しら~となった有名すぎるシーン。
あれは野村監督の京都での代打劇の復讐だったのではないかと僕は密かに思っています。

その後、イチロー選手を生で見たのはニューヨーク、ヤンキースタジアム。
シアトル・マリナーズvsニューヨーク・ヤンキース、で、デイゲーム三連戦を観戦に行きました。
当時マリナーズのイチローは、ヤンキース相手に三連戦10安打くらい打ちまして、僕はヤンキースの帽子をかぶりながら、イチロー! イチロー! と興奮して絶叫していましたら、ヤンキースファンからものすごい怒号を浴びました…のも今となってはいい想い出です。

 

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