エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【188】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2006年11月16日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
ある日、自宅近くにあった婦人服店が閉店した。しばらくして店舗の改装が終わると、そこに今度はアダルトDVDの販売店がオープンしたのだが、何と店の名前はそのまま。婦人服店のおしゃれな看板をそのまま流用していた。
経営者が同じという可能性もないわけではないが、そうでないとすれば、新しいオーナーの店名に対するこのこだわりのなさはどうだろう。看板を付け替える費用の節約――文字通り、「名より実を取る」実質主義者に違いない。
ところで、本には同じ書名が少なくない。「○○入門」のようなオーソドックスなものや、小説なら「忘却」のような短いものに多いようだ。副題を付けることで、区別できるようにしているものもあるが、流通商品である本は、同じ名前だと注文の際に取り違えたりするなど、トラブルのもとになる。ノンフィクションで同様のテーマを扱う場合、先に出版された本が絶版や品切れになっていないのなら、後から出版するほうは、同じ書名を付けない配慮が必要だろう。
かつて、京都の小さな出版社が『学級崩壊』という本を出版した。その三か月後に、草思社という全国的に知られた出版社が同じテーマの本を発行した際、書名を『学校崩壊』とした。「学級崩壊」という言葉が一般的であったにもかかわらず「学校」としたのは、先行する書名への配慮だろうし、あえて「学校」にしたところに独自の主張があった。ところが、さらに二か月後に同様の本を出版した朝日新聞社は、傲慢に書名をそのものズバリ『学級崩壊』とし、小さな出版社の存在を無視した。
昨年は『星の王子さま』の著作権が切れたため、各社から新訳が相次いで刊行されたが、それまで邦訳出版の権利を有していた岩波書店は、この邦題は直訳(小さな王子)ではなく翻訳者の創意が込められているから『星の王子さま』の題名を使用しないように「要望」したという。しかし、書名には著作権(この場合は翻訳者の)は及ばないという法律家の見解もあり、「要望」を受け入れない出版社が多かった。
すでに広く親しまれている文学作品の邦題は、社会的な共有物であるという認識なのだろう。実際、ひとつの作品が複数の名称で呼ばれたら、ややこしいこともあるに違いない。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)