エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【180】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【180】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2006年7月16日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

「さんやつ」という言葉をご存じだろうか。これは三段八割の略。例えば、新聞の第一面の下段にある出版社の本の広告で、縦長の小さな枠が横一列に八つ並んだアレ、のこと。高さがその新聞の段組みの三段分で、頁の横幅を八分割したものだから三段八割。略して「さんやつ」だ。

古書市で『三段八割秀作集』という本を見つけた。文庫本ほどの大きさで、和綴じ本風の洒落た装丁。昭和47年の発行とある。非売品で限定三百部の内、私が買ったものは、その第百六十四番。精美堂という画廊が発行したらしい。
朝日新聞で六年間のあいだに掲載された一万三十二点のさんやつから、秀作百二十点を収めている。秀作とは、すぐれたデザインという意味。と言っても、さんやつには図版を使ってはいけないという大前提があるから、つまり、さんやつの「タイポグラフィの美」を楽しもう、という趣旨。文字の並べ方や、字間と行間の取り方、意識的な余白の取り方によって表現される美しさということだ。
と言っても、さんやつには厳格なルールがある。まず活字の書体。その新聞が使用しているのと同じ明朝体とゴシック体しか使えない。文字の大きさ太さも決められている。写真や飾りなどの図版を使えないのはもちろん、ベタ抜き(黒地に白抜き)も禁止(罫線は可)。また、余白が多すぎたり文字が多すぎたりして、全体として白っぽい印象があっても黒っぽい印象があってもいけない、など。
しかし、ゲームは制約が多いほどおもしろい。同じ大きさ、同じ形、厳しい制約の下で、タイポグラフィの無限の可能性を追求し表現するという、究極のデザイン競技。さんやつは、そう見ることができる。

興味深いことに、この本の著者はある予言をしている。「さんやつは解体するのではないか。(中略)さんやつという名のみで、異質なものになってしまうのではないか」。おそらく、印刷方法が活字から電算写植に移り変わりつつあることを念頭に、長年培われてきた活字の組版技術が失われるという意味だろう。
残念ながら、その危惧は当たってしまった。電算写植から、さらにコンピューター・フォントの時代になり、さんやつは組版技術どころか「デザインする」という意識すら無くしてしまったようだ。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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