エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【340】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【340】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2016年8月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

「特に調べる目的がなくても、年表を眺めているのは楽しい」――私がそう言ったとしたら、共感してくださる人は少なくないと思う。
ただ、同様に、目的もなく辞書を拾い読みするのが好きな人なら、『広辞苑』や『新明解国語辞典』など、自分の愛用している辞書を具体的に挙げることができるだろうが、年表の場合は、書籍の巻末資料や、新聞・雑誌の特集記事などで、日常目にする機会はあっても、一冊の本として年表を購入、所有している人はそれほどいないのではないだろうか。
そもそも、国語辞典のように「現代の社会人や学生の生活に必要な項目を厳選して編集した」というような、一般的な年表の本は、実はあまり出版されていない。

年表というのは、何らかのテーマの下に、扱う項目の範囲を限定し、焦点を絞ることによって、その時々の目的に沿った有用(もしくは、より詳細)なものを作成するものなのだろう。
辞書は、現代語が中心の国語辞典とは別に、古語辞典、漢和辞典、百科語辞典、そのほか専門的なものからユニークなものまで無数にある。
しかし、年表は、書店で通常見かけるのは世界史年表や日本史年表、理科年表ぐらいで、あとは世相や風俗、文化などをテーマに読みものを兼ねた書物なら出版されているが、一家に一冊ある国語辞典にあたるような、出版社の定番商品としての〈年表本〉はまだ現われていないと言えるのではないだろうか。

各社の国語辞典を読み比べるのと同様、あれこれ年表を眺めるのが好きな私にはそれが不満、不思議に思える。
新聞社などが毎年発行する時事年鑑や年度別キーワード集ならあるのだが。
やはり〈年表本〉は、出版社の継続的な事業として成立するほどの需要がないということか。
じゃあ、冒頭の私の言葉に共感してくれた多くの人は適当に話を合わせていただけ? え?はじめから誰も共感なんてしてないって?こりゃ、失礼しました。

で、私の場合は、特定分野に特化したもの以外なら、A4判で約千二百ページ(ちなみに、重さ三・五キロ以上!)もある『20世紀年表』(毎日新聞社)をときどき眺めて楽しんでいる。
ほかに手軽なものでは、『早わかり20世紀年表』(朝日新聞社)、『昭和・平成 現代史年表』(小学館)など。

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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