エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【410】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2022年6月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
『日本の川を旅する』(1982)の著者、カヌーイストの野田知佑が去る2022年3月27日に84歳で亡くなった。
私が読んだのは新潮文庫版(1985)だった。
カヌーをやってみたい! と思った。
大学を卒業、就職して、給料を貯め、ファルトボートを買った。
そして、私も川を旅してまわった。30年以上前のことである。
一冊の文庫本に心が、体が動かされたのだ。
四万十川は二度(別にマウンテンバイクでも一度、川沿いを走った)、木津川、由良川、長良川、江の川など。
屈斜路湖から釧路湿原を通って釧路川も下った。
カヌー・ツーリングは“全部入り”の楽しさ満載の旅だ。
ファルトボートは組み立て式のカヌーで、分解してリュックのように背中に担げる(かなり大きく重たいけれど。しかも、他にテントなどキャンプ装備一式も必要)。
それで、まずは電車に乗って川の上流をめざすわけだが、これはまさに「ローカル列車の旅」。
川沿いを上流に向かっていると、温泉地があったりする。
もちろん、途中下車して、ひと風呂浴びる。
そう、「温泉の旅」だ。
上流とは言っても、急流や危険な岩が少なくなるあたりから、いよいよ川下りをスタートする。
のんびりと川を下っては川辺にキャンプ、下ってはキャンプを繰り返し、河口にたどり着くという「キャンプの旅」。
また、ゴールの河口近くは港町だから、海の幸がうまい。
夜は炉端焼き屋で一杯。「地酒と郷土料理の旅」だ。
ボートは折りたたんで、貨物便で自宅へ発送。
身軽になって改めて列車旅を楽しみながら帰る。
あるいは、寄り道して旅を続けてもよい。
ちなみに、当時、四万十川沿いの西土佐村では、ボートをあらかじめ村役場宛で送っておけば預かってくれるサービスをしていた。
釧路川でも民間業者がやっていた。
これで、往路も身軽で行くことができた。
ところで、野田知佑の本は『日本の川を旅する』以降も何冊かは読んだが、受けた影響の大きさの割には、数は意外に多くない。
好きな作家の本は網羅的にあさる私であったが。
カヌーは他人の体験談を読むより、自分が実際にやったほうが楽しいに決まってる。
ただ、カヌーの購入など初期投資も小さくないし、結構重労働だし、もちろん危険もあるし、友人を誘っても、周囲に始める人はいなかった。
同時期に始めた友人が一人いたが、連休を合わせて取るのは難しく、ほとんどは独り旅だった。
近年は「ソロキャンプ」が流行っているようだが、私もカヌー・ツーリングで「ぼっちキャンプ」を大いに楽しんだ。
今はもう、読んだ本に刺激されて新しいこと、大きなことを始めるようなことは、まったくなくなってしまった。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)