エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【324】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【324】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2015年4月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

海外文学の古典的名作を新訳し、単行本ではなく、文庫オリジナル版として刊行する光文社の「古典新訳文庫」が二〇〇六年に亀山郁夫訳のドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』などでヒットを放って以来、出版各社が同様の文庫本を刊行するようになった。
読みやすい同時代の日本語で、また、最新の研究成果を踏まえた翻訳で読めるのはありがたいことだが、ひとつ残念に思うことがある。
もったいないと言うべきか。

というのは、各出版社がそれぞれ有名作品の新訳を手がけようとするので、同じ小説の出版が同時期に重なってしまうのだ。
異なる翻訳を読み比べるのが楽しみな私としてはそれもいいのだが、名作は他にもいくらでもあるのだから、長いあいだ新訳が出ていない他の小説をもっと読みたいというのが、我々読者の望むところだ。

例えば、メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』。
今年二月に角川文庫から田内志文訳が発売されたが、この小説は昨年十二月に新潮文庫で芹澤恵訳が刊行されたばかり。
さらに言えば、二〇一〇年十月にも光文社古典新訳文庫で小林章夫訳が出版されている。
マーク・トゥエイン『トム・ソーヤーの冒険』にいたっては、新潮文庫の柴田元幸訳と光文社古典新訳文庫の土屋京子訳がまったく同じ二〇一二年六月刊。
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』も、岩波文庫の吉川一義訳と光文社古典新訳文庫の高遠弘美訳が共に一〇年秋にほぼ時を同じくして第一巻が発売され、現在のところそれぞれ第七巻、第三巻まで刊行中である。

企業としては、ある程度の規模の販売部数が見込めなければならないので、人気小説を選ぶのは当然だとしても、他社と作品がかぶったら、さらに発売時期が重なったら、客の食いあいになるのではないか。
それどころか、他社にわずかの差で先に発売されたら、建前では自社の新訳に独自の意義を認めた上での事業であるとしても、営業面ではやはり痛手だろう。
しかし、翻訳には何年もかかるので、企画にゴーサインを出す際に他社の動向はわからない。
そこで、出版社間に海外古典文学の新訳企画に関する横の連絡組織を設けたら、出版社にも、より多種の作品を読みたい読者にもよさそうに思うのだが、どうだろう。
いや、そんな「談合」で阻害されるものが大きいのも世の常か。

 

MK新聞について

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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