フットハットがゆく【343】「ホタルの光」|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、塩見多一郎さんのエッセイ「フットハットがゆく」を2001年11月16日から連載しています。
MK新聞2022年7月1日号の掲載記事です。
ホタルの光
生き物を色々と飼っていると、嬉しいこともありますが悲しいこともあります。
ニワトリのオス・メスを飼っていますので、生まれた有精卵を21日間孵卵器で温めて、この春3羽のヒナが孵りました。
ピヨピヨと可愛いヒヨコたち…2羽はすぐに立ち始めて、エサを食べ、水を飲み始めましたが、1羽だけ、どうしても立ち上がることができませんでした。
その子は両足が開脚した状態で、常に腹ばいで全く立てませんでした。
それが奇形なのか、脚関節の問題なのかわかりませんでした。
手で持ち上げて、水差しをクチバシに持って行くと飲みました。
ピンセットでエサを口にやると、ちゃんと食べました。
手の中でも腹ばいなので、卵から生まれたばかりの、小さなヒヨコの鼓動を手に感じました。
何とかこの子の生命力で、自力で歩行できるようになることを祈りました。
ボクが家にいるうちは、とにかく気づけば手で持ち上げて、水とエサをやりました。
しかし、開脚した足をバタバタさせるのが精一杯でどうしても立てず、日に日に弱っていきました。
そして一週間後に死んでしまいました。
よく一週間も生き延びたと思う反面、一週間も苦しい思いをさせてしまった、という思いもあります。
孵卵器の中では、孵らずに死ぬ卵もあります。
あとで割って調べればちゃんとヒヨコの形になっているのに、最後に殻を割って出る力が足りずに死ぬ子もいます。
生まれずに死ぬ子、生まれてすぐに死ぬ子、そして生き延びる子。
目を背けたくなる部分も含めて、全てを目の当たりにしながら生き物を育てています。
短い命でしたが、せめて文章に残すことも、供養の一つだと考えています。
誰かがそれを読んで何かを感じてもらえたとしたら、それは線香をあげてもらった事と同じだと考えています。
亡くなったヒヨコの親にあたるニワトリたちは6羽いて、今のところみな元気です。
しかし先日、一番ボクになついていて肩に乗ってきたりする子が、庭から脱走しました。
脱走はしょっちゅうで、日が暮れると勝手に小屋に帰ってくるのですが、その日は帰ってきませんでした。
夜の山はキツネ、イタチ、ノラ猫などニワトリを襲う生き物がうようよしています。
残ったニワトリまで襲われないように小屋の戸を閉めて、真っ暗な山の中を捜索しましたが見つからず。
諦めかけた時、フッと1匹のホタルが飛んできてボクの手に止まり、キレイに光りました。
その瞬間、ボクは悟りました。あの子はすでに襲われて命を落としている。
ボクの持論ですが、地球上の大体の生命の数は決まっていて、誰かが死ねば誰かが生まれ、誰かが生まれたということは誰かが死んだのだ、と思っています。
手に止まったホタルは脱走したニワトリの生まれ変わりで、生前にできなかったあいさつをボクにしにきたのだと思うと、自然と涙が出ました。
次の日ニワトリ小屋を見ると、ちゃんと6羽いました。
ボクも気づいていなかった小屋の一部に隠れるスペースがあり、そこにいたようです。
裏山に脱走したと思い込んで捜索し、ホタルの光に涙したボクの時間を返しなさい!
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